- 出演者
- 有吉弘行 井桁弘恵 粗品(霜降り明星) 井森美幸
麒麟の田村は父が競馬好きで母がパートで借金の返済をしていた。小5で母が他界し、中2のときに父に「家に入れなくなった」と告げられる。そのまま父親は自転車でどこかへ行ってしまいホームレス中学生になった。その後は公園にあるすべり台を寝床にして暮らした。田村がグッとくる名曲はかりゆし58「アンマー」だった。
バッドボーイズ清人は物心ついた頃に母親はおらず父、父の兄弟と暮らした。 目の不自由な祖母が母親代わりで、祖母の手足となって働く毎日だった。その後母が生きていることがわかったが祖母を支える生活を選んだ。清人がグッとくる名曲は槇原敬之「僕が一番欲しかったもの」だった。
すがちゃん最高No.1は3歳まで東京で暮らしていたが母が他界し、山形の祖父の家に移住した。祖父母、父、叔母と暮らしていたが父が別で家庭を作って家に帰らなくなった。小5のときに精神的にきつくなった叔母は東京に行ってしまった。祖父がガンで他界、祖母は介護施設に入り中1から1人暮らしが始まった。生活費は叔母からの仕送りが月に2~3万円だった。
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すがちゃん最高No.1は雑草を炒めようとしていたところを見た借金取りが「ちょっと待ってろ」と言って買い物に行ったと話した。
八木は酔ったらメンバーを深夜に呼びつけるが来たときには喋れない状態になっていると話した。
すがちゃん最高No.1は雑草を炒めようとしていたところを見た借金取りが卵でとじてくれた、当時は漫画やバラエティ番組が心の救いで色や生活よりエンタメを優先していたと話した。
手越は事務所を辞めて収入が数倍になった、家は50階以上で家賃は3桁はいっていると話した。
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ME:IとFULLCAST RAISERZが「APT.」のコラボパフォーマンを披露した。
すがちゃん最高No.1は1人暮らしがバレていたのか山菜をくれていた向かいのおじさんに泥棒に入られたと話した。がグッとくる名曲は島谷ひとみ「YUME日和」だった。
ドランクドラゴン鈴木は酒を飲んで暴れる父から家族全員がDVを受けていたと話した。母と祖母の家に転がり込み極貧生活が始まった。母は朝は配達、夜はスナックで働いた。給料日にはラーメン屋に連れて行ってもらったがお金がないのはわかっていたので一番シンプルな醤油ラーメンを頼んでいたと話した。鈴木がグッとくる名曲は槇原敬之「チキンライス」。
仕事を転々としていた中村さんは「一度聞くと忘れられない歌声」と評判で結婚式の余興などに呼ばれ、今は歌うことが本業となった。高校生の頃からB’zの大ファンで、ずっと歌っていたら激ウマになった。
NEXYZ.Groupの近藤社長は、エネルギー事業やタレントのサブスク事業などを手掛ける。上場会社を2社展開し、経営者交流団体パッションリーダーズの代表も務めている。本体を無料で配る初期費用0円サービスで携帯電話を日本中に広め、孫正義とタッグを組んで家庭版ブロードバンドの普及にも尽力した。当時史上最年少で東証一部上場を果たした。歌への情熱は雑誌で「歌手になりたい」と語るほどでX JAPANの大ファン。過去には自ら企画してX JAPAN携帯を販売した。YOSHIKIのピアノで三木谷浩史の誕生日に「Forever Love」を歌った経験もある。秋元康やYOSHIKIもその歌声を絶賛した。
近藤社長が「Forever Love」を歌った。
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手越はhydeとカラオケがついてる場所でご飯を食べているときにL’Arc~en~Cielの曲を入れ、1コーラス歌ってマイクを渡したら気持ちよく歌ってくれたと話した。
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水曜日のカンパネラが「九龍ジェネリックロマンス」の主題歌を含むスペシャルメドレーを披露した。
PUFFYのシングル売上3位は「渚にまつわるエトセトラ」で88.1万枚、2位は「アジアの純真」で118.9万枚(オリコン調べ)。
映画「顔だけじゃ好きになりません」の告知。主題歌はILLIT「Almond Chocolate」。
ILLITが「Almond Chocolate」を披露した。
PUFFYのシングル売上3位は「渚にまつわるエトセトラ」で88.1万枚、2位は「アジアの純真」で118.9万枚、1位は「これが私の生きる道」156.6万枚(オリコン調べ)。
このあと粗品も歌うと話した。