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オープニング映像が流れた。宮中行事・歌会始がはじまる。皇室の方々と一般の入選者が一同に会す。ことだまとして歌に託す。愛子さまの和歌が詠み上げられた。「日本語を 学ぶラオオスの子どもらの 明るき声は 教室に満つ」。ラオスの情景を詠まれたものだ。愛子さまの和歌を指導する永田教授は、外国訪問を自覚的に取り組まれた歌になっているという。愛子さまが民族衣装をまとったその秘密を取材した。新たな歴史の1ページ。愛子さま24歳の挑戦…ラオスで見せた素顔と絆の物語
愛子さまにとって多忙な日々だった。職場には毎日出勤。大阪・関西万博へ訪問した愛子さま。多くの人が歓声をあげた。能登半島地震の被災地を訪問した。単独公務は2024年は2回だったが、2025年には10回となった。初のおひとりでの外国公式訪問があった。ラオスはアジアで唯一の内陸国。人口750万人の社会主義国。去年、日本との国交樹立70年にあたり愛子さまを招待した。天皇陛下は愛子さまのご訪問に向け、ありがたいことと思っているという。愛子さまにこれまでの経験を伝えるという。ラオスに対する勉強会では、愛子さまと両陛下も出席。菊池陽子教授は愛子さまも両陛下も熱心にラオスの話を聞かれていたという。
去年11月、愛子さまは羽田空港からラオスへ出発された。首都ビエンチャンに到着。パリの凱旋門を模して作られたパトゥーサイにを訪問。現地の人たちが出迎えてくれた。タート・ルアン大塔でのこと。ラオスの民族衣装を着た。ラオス政府から贈られたもの。パーニー・ヤートートゥ国家副主席は美しいと言った。
愛子さまはタートルアン大塔を訪れる際、自らの提案でラオスの民族衣装に着替えられた。タートルアン大塔はラオスで最も格式高い仏塔であり、その場所に民族衣装を着ていくことで、愛子さまはラオスとラオスの人々への敬意を表そうとされたという。また愛子さまは日本側の写真撮影が終わると寺院の関係者を手招きされ、関係者とともに写真撮影に臨まれた。
その夜、愛子さまはパーニー副主席とともに伝統儀式「バーシー・スークワン」に参加された。この儀式は人生の節目などに行われるもので、手首に白い糸を結び健康や幸せを祈願するとのこと。2012年に陛下がラオスを訪問された際にも行われていた。そして晩さん会でのスピーチからは、両陛下からの受け継いだ思いを自らの言葉で紡ごうとする愛子さまの決意が見て取れた。
愛子さまはラオスの特産品である絹織物の文化や歴史を理解するために「ラオ・シルク・レジデンス」を訪問され、機織りにも初挑戦された。機織りに夢中な愛子さまの様子を見ていたスービタ・パサートさんは「こんなに嬉しいことはなかったです。愛子さまは私たちの文化を懸命に理解しようとされているんだと感じました」などと話した。また同じ頃には愛子さまの民族衣装姿が現地で大きな反響を呼んでいた。
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愛子さまの民族衣装をデザインしたティナさんに話を聞いた。ティナさんは「依頼を受けたときは緊張してドキドキしたことを覚えている」などと話した。まずは愛子さまを研究することから始めた。少しゆったりめにすることで動きやすさと優雅な印象を両立させた。
ビエンチャン中高一貫校では日本から派遣されたスタッフが日本語の授業などを支援している。JF日本語パートナーズの大重歩悠子さんは「事前に調べられて頭の中に入った状態でいろんなところを回られているのが感激で」などと話した。日・ラオス武道センターでは武道を指導している。JICA海外協力隊の菊地友輝さんは愛子さまとの懇談を前に「目を見たら緊張するから見ない方がいい」などとアドバイスされたという。
愛子さまを前に金メダルを隠してしまった空手少女、チンダーちゃん。理由を尋ねると「お客さんと話す時は手を前にしないといけないと思っていたから」と話し、「あの時愛子さまから見せてと言われて本当に嬉しかったです」などと語った。一方、愛子さまはこの国が不発弾汚染国という現実も忘れてはいなかった。
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- 敬宮愛子内親王
ベトナム戦争のさなか、ラオスは物資の補給路となり、アメリカ軍が約2億7000万発もの爆弾を投下した。その結果、ラオスは今も約8000万発が不発弾として残る世界最大の不発弾汚染国となっている。その資料館への訪問は愛子さまたっての希望だったという。案内役の鷺谷さんが感銘を受けたのは、愛子さまの現実を直視した眼差しだった。愛子さまの旅の目的は親善だけではなく、世界の現実と向き合い、未来へと繋げること。最終日、在ラオス邦人との意見交換が行われた。その1人、冨永幸子さんは貧困層のための職業訓練などをラオスで30年以上続けている。そんな冨永さんは2012年に陛下がラオスを訪問された際にも会っていた。
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ラオスでNGOの活動を続ける冨永さんは14年前、陛下とお会いした際の微笑ましいハプニングを教えてくれた。陛下が最後にお帰りになるときにドアを間違え、鍵の閉まったドアの方に行き、開けようとしておでこをぶつけたということ。冨永さんは「私たちと全然変わらないんだなと親しみを受けた」と話した。また陛下と愛子さまの共通点について「“人々に近づこう”という努力はなさっているのではないか」などと話した。ラオスと愛子さまの絆は続いていて、バーシーの儀式で結ばれた白い糸は、ラオス帰国から1か月経っても愛子さまの腕に結ばれていた。
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