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出雲大社を2時間でまわる方法を紹介する。ナレーションは森崎ウィン&寺島しのぶが担当。
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出雲大社の最寄り駅「出雲大社前駅」までは出雲市駅から電車で約30分。駅から出雲大社までのルートを映像で紹介した。表参道「神門通り」は門前町として賑わっている。出雲大社の正式な読みは「いずもおおやしろ」。神様を祀る大きなやしろの意味。大国主大神(大国主命)を祀る。縁結びの神様として有名で大黒様とも呼ばれる。出雲大社の始まりは分かっていないが、日本書紀に659年に建て直すよう(天皇が)命じたと記されていることから、7世紀には存在していたと考えられている。このあと出雲大社を3つのエリアに分けて19の必見ポイントを巡る。第1エリアは40分。参道を進み、大国主大神が縁結びの神様になった経緯を探る。第2エリアは50分。出雲大社の中心部を巡る。第3エリアは30分。出雲大社をより深く理解できるスポットを巡り、有名な大注連縄を訪れる。
出雲大社の必見ポイント1つ目は鳥居をくぐってすぐの「下り参道」。神社や寺院は山の上にあることが多いので、下りの参道は珍しい。神様にへり下る大切さを伝えているという説もある。
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出雲大社の必見ポイント2つ目は参道横の「祓社」(はらえのやしろ)。日々の生活でつけてしまった穢れを祓う。伊邪那岐命の穢れを祓った四人の神「祓戸四柱神」を祀る。一般的な神社では二礼二拍手一礼だが、出雲大社では二礼四拍手一礼で参拝する。2013年の本殿遷座祭のように特別な祭りでは八拍手する。神様を無限の拍手でたたえる意味があるという。
出雲大社の必見ポイント3つ目は参道の橋の左手にある「土俵」。1辺約7.3mで大相撲の土俵より一回り大きい。相撲の祖とされる野見宿禰は13代目宮司だったともいわれる。天皇の前で当麻蹴速と力比べをして勝利。この力比べが今の相撲につながったと考えられている。2019年10月には横綱・白鵬が奉納土俵入りを行った。土俵の近くには野見宿禰神社があり、様々なスポーツの必勝祈願で多くの人が訪れるという。
出雲大社の松の参道を紹介。400mにわたって続き、松を植えたのは江戸時代の松江藩の藩主の妻。夫の病気が治ることを信じて1000本も植えた。400年植え替えを重ね守られてきたという。当時の松も数本残っているという。その真ん中の鳥居の奥には立ち入り禁止になっている。ガイドの早川さんはその道を通ってはいけない理由に真ん中は正中と言って神様が通る場所で、また正中の右手野道は位が高く、左は低いとされるため、そちらを歩くように心がけているという。
大国主大神の像は大国主大神さまが出雲大社の神様になる前の若い頃の姿。その頃の話を伝えているが、大きな袋を背負おっているが兄弟神様の荷物を入れて召使のように使われていた時代。伊邪那岐命さまから多くの神様が生まれ、その3人の子どものうち、一番上の姉が天照大御神という伊勢神宮の神様。その弟の一人には素戔嗚尊がいた。その素戔嗚尊の子孫が大国主大神。この像は大国主様の話の中でも得に有名な因幡の白うさぎの像。その視線の先にはうぎがいる。このうさぎとの出会いから神様としての力をつけていったが、1匹のうさぎが大きな島に行ってみたいとサメを騙して海をわたることに成功した。しかし、サメに怒られて皮を剥かれてしまった。ウサギが泣いているとそこに大国主さまたちがやって来たが、兄弟神様は海に浸かれば良くなると嘘をついた。しかし、大国主さまだけがうさぎを助け、毛は元通りに。知識と慈愛があったことを伝えているという。次にある大国主さまの像は、うさぎを助けたあとに、兄弟たちにいじめられ住んでいた土地から逃げ出したという。そこに妻となる須勢理姫命に出会い恋に落ちた。しかしその父は素戔嗚尊だった。娘を本当に任せられるのかと、様々な試練を与えると次々にクリアしていく。素戔嗚尊は娘との結婚を認め、地上に強い国を作り、お前が治めなさいと命じ国が作られた。その先には幸魂奇魂という神様が。国造りがなかなかに進まずに悩んでいた大国主様の前に現れて力を分け与えてくれた。大国主さまは国造りを成し遂げることができたというがその場面を再現しているという。
その後ろの右手の小道に入り、広場に突き当たったら左へ。その穴場には杵を持っている兎の像があるが、左を向いた先にあるのが杵那築の森。
杵那築の森は森全体がお社の役割をしている。この地面の下に、出雲大社を作る時に使った稲が埋まっている。その出雲大社ができるきっかけになった国譲りという神話があるというが、それを知るとこの森の大切さがわかるという。
国譲りは大土地神楽という出雲につたわる伝統芸能があり、この神楽の演目に出雲大社創建に関わる国譲りの物語がある。大国主大神のもとに二人の神様が来たが天照大御神のつかい。大国主が作り上げた地上の国は大きく豊かに成長した。天照大御神はこの国を自分の子孫に継がせたいと考え二人の神様をよこした。その交渉する場面が演じられる。天照大御神に国を譲ることにした大国主は、雲よりも高い神殿を作るよう条件を出した。それが出雲大社になったと伝えられる。
出雲大社の第一エリアをおさらいした。
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出雲大社から来るまで20分の場所にある日御碕神社。948年(平安時代)に日御碕神社と呼ばれるようになった。日御碕神社には出雲大社と深い関わりのある素戔嗚尊が祀られている。日御碕神社の中心である日沈宮には天照大御神が祀られ、伊勢神宮とは対の存在と言われている。日御碕神社の建物は1644年(江戸時代)に徳川家光の命で再建された重要文化財。境内には三猿などの彫刻が施され家光が造影に力を入れていたことが伺えるなどと伝えた。
出雲大社の御本殿は1744年に作られ、国宝に指定されている。御本殿の屋根の広さは片面で180畳で、厚さは最大1メートル。岡本太郎は御本殿について「日本建築美の最高の表現」と評している。
出雲大社の御本殿の後ろ側は、全体を斜め後ろから見渡すことができて、屋根の下に神輿がある。平成の大遷宮以前の御本殿の映像を紹介。2008年に、仮殿遷座祭が行われた。
