- 出演者
- 南原清隆(ウッチャンナンチャン) 内村光良(ウッチャンナンチャン) 藤井貴彦 風間俊介 武田真一 長田庄平(チョコレートプラネット) 池畑慎之介 小泉孝太郎 羽鳥慎一 いとうあさこ 吉村崇(平成ノブシコブシ) 鈴木福 近藤春菜(ハリセンボン) 箕輪はるか(ハリセンボン) 松尾駿(チョコレートプラネット) 森香澄 藤波朱理 伊沢拓司 やす子 安藤優子
オープニング映像。
日本テレビ初のバラエティ番組「ほろにがショー 何でもやりまショー」を映像を紹介。公開生放送で視聴者が様々なゲームに挑戦した。
- キーワード
- ほろにがショー 何でもやりまショー
日本テレビ初の動物番組「動物ものがたり」を紹介。毎週15分の放送だった。その中で「イセエビの脱出」という回を放送。
1959年、鉄腕アトム が実写化。番組の最後には演じた瀬川雅人さんが衣装をとって歌を歌った。またこの7年後手塚治虫はヒーローに関して「英雄」だと語った。
1961年、加山雄三さんら 映画スターがテレビに出演。当時27歳の北島三郎さんの自宅の映像を紹介した。また同様にデヴィ夫人の自宅には小児科医がお邪魔し、子育ての様子を紹介した。
1968年にはテレビ体操など視聴者に何かを教えるという番組が増えた。
- キーワード
- テレビ体操
1963年に一度だけ放送されたあることを教える番組とはなにか。なお番組中10問クイズが出題され、5問以上正解すると「すき焼き用特上肉折詰 600g」が贈られる。正解は電話のかけ方。当時は電話の普及率は5.7%だったという。またその後電話の利用を促進する番組が放送された。
続いては旅行にまつわる映像遺産。1959年には修学旅行専用電車「ひので号」を紹介する番組が放送された。
- キーワード
- ひので号
1965年、修学旅行の下見に行く父兄の様子を紹介。1968年には香港を旅行する渡哲也さんや台湾をキャンプで訪れた巨人の選手の様子を紹介。このキャンプ中、長嶋茂雄選手は金田正一投手のいたずらに引っかかる様子も捉えられた。1960年代には温泉旅行が流行、東海道新幹線が開通すると、熱海-東京間は3時間から58分に短縮され、ホテルも変化していった。
1973年、和歌山県のユニークな温泉を紹介。
- キーワード
- 和歌山県
今年2月、ブルーリボン賞を受賞した吉永小百合さん。デビュー間もない頃の映像や当時16歳の撮影の合間の様子を紹介。また地方ロケでは現場が混雑することもしばしば。また20歳の誕生パーティーには川端康成も出席。他には一日税務署長なども務めた。さらにブルーリボン賞の獲得パーティーには石原裕次郎さんも出席した。
石原裕次郎さん率いる石原軍団。年末には関係者500人を招いた忘年会を行った。また後輩である舘ひろしさんを招いて、当時の秘蔵映像を振り返る。1962年「零戦黒雲一家」を種子島で行っていた石原裕次郎さん。この時、差し入れの水を口にするなどした。また舘ひろしさんは地方ロケの際の石原裕次郎さんの様子を振り返った。また裕次郎さんの妻・石原まき子さんの美容室開店の様子やレコーディングの様子を紹介。舘ひろしさんは大病したあとの裕次郎さんと酒を酌み交わし、渡哲也さんから怒られたと語った。また裕次郎さんは長嶋茂雄さんと懇意にしており、裕次郎さんは引退特番に出演、今後に期待するコメントを行った。
石原裕次郎さんがロケ先で行った粋なサービスとは?
- キーワード
- 石原裕次郎
石原裕次郎さんがロケ先で行った粋なサービスとは?正解は野球大会。見物客にゆっくりと自分を見てほしいという思いからだという。
- キーワード
- 石原裕次郎
今年、大谷翔平選手の結婚を日本中が祝福。そこでお祝いに関する映像を発掘。1959年、当時皇太子だった上皇さまと上皇后美智子さまの映像を紹介。当時沿道に撮影用の櫓やカメラレールを200m作るなどした。さらにこの時ヘリコプターも撮影に使用された。またこの年あやかり婚が流行。他人同士の合同結婚式や新婚旅行専用列車も登場。
また昭和天皇の還暦のお祝いには式典にマジシャンも参加した。さらに海外スターの来日の様子を紹介。1955年にはニューヨーク・ヤンキースが来日。さらには早稲田実業が優勝した際にはパレードを行った。
また1963年、銀行ではボーナスをより多く貯金してもらおうと本を置く、おもちゃを置くなどしていた。中には金魚釣りコーナーを設ける銀行もあった。さらに鹿児島県では斬新なサービスを展開する銀行が出現。
- キーワード
- 鹿児島県