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今回はルイ・ヴィトンのイヴ・カルセルなど世界の名だたる企業が注目し、「南瓜」など多くの作品を打ち出す草間彌生の特集。テート・モダンで行われた草間の展覧会などを放送。
東京・新宿区にあるビルで、草間が100枚の連作に取り組んでいた。スタッフの塗った下地に草間が、アクリル絵の具で書き足していくのだが、下書きは一切ない。
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- 百人町(東京)
草間彌生は高級ファッションブランドとのコラボレーションを進め、自らイメージキャラクターをも務めた。この日草間の写真をとった写真家の篠山紀信は草間を国宝級だと評価した。
後日、草間はファッションブランドの宣伝の為に自信の等身大人形を作るべく顔型を取っていた。この日集まったルイ・ヴィトン ウィンドウ・デザイナーのアンセル・トンプソンは全ての主要都市に草間の人形を置き、人々の動きを止める事を考えているという。
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- ルイ・ヴィトン
草間が、アトリエで世界巡回展に向けての100枚の連作の30枚目「かぼちゃのある心象風景」を手がけていた。
この日、草間の元をビクトリア・ミロ・ギャラリーのグレン・スコット・ライトが訪ねてきた。草間の作品を売り出していくために、グレンは草間と打ち合わせを進めた。
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- ビクトリア・ミロ・ギャラリー
草間は、1929年長野県・松本の裕福な家で生まれたが、草間は幼い頃から幻覚などにうなされていた。そんな少女は絵が好きで、絵を描くことで不安に耐えていた。そして画家になることを夢見て、京都で日本画を学び、のちに新天地への憧れが膨らみ、28歳でニューヨークに飛び立った。そこから様々な絵を描くことで、現在の水玉の世界を生み出した。
草間彌生のアトリエの近くに、草間が暮らしているという病院があった。草間はこの病院で治療を受けながらの生活を40年近く続けていた。草間がこの精神病院に通い始めたのは当時ハプニングという全裸に水玉模様を描く草間の活動にメディアがあびせた批判の言葉が原因だった。当時この批判を受けて日本に帰国した草間を待っていたのは更なる誹謗中傷だった。
世界巡回展に向けて100枚の連作の90枚目は、真っ赤な印象の絵。絵を途中まで描いた所で草間は突然カメラを遠ざけた。これは今までにない行動で、更に最初に描いたキャラクターの絵も気に入らないと言って塗りつぶしてしまったが、スタッフの意見も取り入れ、なんとか完成させた。
2012年2月、草間は世界巡回展で行われるロンドンのテート・モダンを訪れた。このイベントには草間が20代の頃に作った作品を初めとすし、世界中から160点が集められた。
翌日のロンドンの新聞には草間のテート・モダンでの展示会が大きく報じられていた。またビクトリア・ミロ・ギャラリーでは草間のイベントにあわせて草間の多くの新作が販売された。
草間の個人美術館建築に向けて、草間ビルの近くで今建設工事が行われていた。自分の死後も作品が生き続けるための美術館の為に選りすぐりの自信作を売らずに手元に置こうとしていた。
この日、草間彌生は自らの作品を売りに出すものと手元に残しておくものを分けた後、新たに「夕焼けの花園」という作品を完成させた。
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- 夕焼けの花園
2012年7月ニューヨーク マンハッタンで、ルイ・ヴィトンと草間とのコラボレーションビルがお披露目された。ルイ・ヴィトン会長のイヴ・カルセルは「世界中の人々が草間のこと話題にし、もちろんこの企画は成功するだろう」とコメントした。そして、草間とルイ・ヴィトンのコラボ完成パーティーが行われたが、草間は体調を崩し欠席となってしまった。
海外でのイベントを終え、草間彌生は日本での日常へと戻った。しかし来年には多くの展覧会が予定されており、草間はこの日も新しい作品作りを続けていた。草間は死ぬまでに1000枚、2000枚と描けるだけの作品を完成させたいと語っていた。
エンディング映像。
