斉藤和義にインタビュー。曲作りについて「あまり変わってない。鼻歌でギター弾いてるうちに曲っぽくなっていく。数年に1回曲も歌詞も同時にバーって出来るときもある」と話した。名前を世に知らしめることになった「歩いて帰ろう」については「子ども番組のテーマ曲だと依頼された。子ども向けに作らないでください、寄せて媚びて作ってると子どもはすぐわかるからと言われた。デビューからすぐの時期で華やかな世界だと思ってたら締切やプロモーションも大変で溜まってたストレスを曲にぶつけた感じ」と話した。転換期になった曲については「歌うたいのバラッドは珍しく自分からシングルにしてほしいと言った。一生歌っていける曲ができたと始めて自覚できた。即効性はないけどいつか聴いてもらえるはずみたいな気持ちは当時からあった」と話した。どのくらいの期間をかけてアルバムを作るのかについては「急にやる気がでて1か月くらいで作ることもあるが、今回は時間があった。3、4曲は今年入ってギリギリになってやっとできた感じ。アルバムのジャケットは自分の家で撮ったもので加工できるアプリでやってたらあんな感じになった」と話した。また木から自分で切ってパーツを取り付けてギターを作ることもあるという。
