つくばエクスプレスは万博記念公園駅に到着。現在は道路の場所、1985年はつくば科学万博の会場で半年間で2000万人以上が来場した。野口はこの年に東京大学工学部に入学。野口は万博について「こんなにいろんな技術があるんだとびっくりしたのを覚えています」と話した。
東京への一曲集中が進んでいた高度経済成長の1960年代。国はその緩和と科学技術の新たな拠点づくりに乗り出し、筑波が舞台に選ばれた。広大な土地を活かして研究施設が次々建設され、日本を代表する科学の街へと発展。しかし、都心と直接結ぶ鉄道がないのが課題だった。つくば科学万博が開催された1985年、現在のつくばエクスプレスにつながる常磐新線計画が動き始めた。目指したのは都心への速さ。車体は軽くて強いアルミ合金製、線路には重い60kgレールを採用。レールのつなぎ目を減らして安定走行を可能にした。さらに、路線すべてを立体交差化し踏切ゼロの高速運転を実現。そして、2005年8月につくばエクスプレスが開業。時速130km、秋葉原とつくばを最速45分で結ぶ新たな鉄道が誕生した。
東京への一曲集中が進んでいた高度経済成長の1960年代。国はその緩和と科学技術の新たな拠点づくりに乗り出し、筑波が舞台に選ばれた。広大な土地を活かして研究施設が次々建設され、日本を代表する科学の街へと発展。しかし、都心と直接結ぶ鉄道がないのが課題だった。つくば科学万博が開催された1985年、現在のつくばエクスプレスにつながる常磐新線計画が動き始めた。目指したのは都心への速さ。車体は軽くて強いアルミ合金製、線路には重い60kgレールを採用。レールのつなぎ目を減らして安定走行を可能にした。さらに、路線すべてを立体交差化し踏切ゼロの高速運転を実現。そして、2005年8月につくばエクスプレスが開業。時速130km、秋葉原とつくばを最速45分で結ぶ新たな鉄道が誕生した。
