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「キーウ駅」 のテレビ露出情報

2022年以来、現地での取材を裏方として支えてきたヴィタリー・ジガルコさん。ウクライナの現実を知ってほしいと自身と家族の取材に応じてくれた。ウクライナの首都キーウではもはや日常となった空襲警報のサイレン。いつ何があるかわからない日々がこの4年間続いている。2022年の全面侵攻開始以来、犠牲になった民間人はわかっているだけで1万5172人でそのうち766人が子供たちである。キーウから西に50km、人口およそ1万人の小さな町・マカリウ。ヴィタリーさん家族の家があり、侵攻開始直後にロシア軍とウクライナ軍との戦場となった。ヴィタリーさんはこの町で生まれ育っていた。ウクライナがまだソ連の一部だった1986年生まれで幼い頃「日本」という遠い国に関心を持った。大学で日本語を学び、卒業後は日系企業などで勤務。通訳として日本を訪れたこともあった。2017年に会社を設立し、日本政府が関わる事業のサポートなどを通じて日本とウクライナを繋いできた。4つ年下の妻のテチャーナさんと学生時代に初めて言葉を交わしたきっかけは日本語だったという。2013年に結婚して長女のサンタさんと長男のステファンくんの2人の子供に恵まれた。愛する家族と過ごす穏やかな時間であったが、2022年のあの日を境に失われてしまう。2022年2月24日朝、国境に集結したロシア軍がウクライナへ一斉に侵攻を開始し戦争が始まった。各地の駅や国境には避難する人々が殺到した。しかし侵攻が現実になると思っていなかったヴィタリーさんは「戦争の経験がなかったのでどうすればいいかわからずとりあえず自分の家へ残ろうと決定した」とのこと。この判断が後に家族を命の危険にさらすことになり、当時ヴィタリーさんが撮影した映像には平穏な日常が休息に失われる様が記録されていた。戦闘は日を追うごとに各地で激しくなり、民間人の命も次々に奪われていく。そしてヴィタリーさんの町・マカリウにも戦争がやってきた。この頃ロシア軍がマカリウを含むキーウ州各地に進軍していた。どこまでロシア軍が迫っているかわからないという状況でヴィタリーさん家族は避難を決意する。何とか無事にマカリウから脱出しウクライナ西部へ向かった。つてをたどりどうにかある家族から1部屋だけ借りることができたが、家族4人にベッドは1つで新たな部屋を探そうにもウジホロドなど西部には当時避難者が殺到し空き物件自体が非常に少なくなっていた。圧倒的不利とみられたウクライナ軍は激しく抵抗し、4月にロシア軍をキーウ周辺から撤退させウクライナは首都を守りきった。4月、ヴィタリーさんは取材班とともにキーウ州へはいった。避難以来初めて戻った故郷・マカリウだったが変わり果てた光景に言葉を失った。

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