2026年2月23日放送 1:05 - 2:00 日本テレビ

NNNドキュメント’26
「ヴィタリーの伝言 ウクライナ侵攻4年間の記録」

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(オープニング)
オープニング

オープニング映像が流れた。

ヴィタリーの伝言 ウクライナ侵攻4年間の記録

ヴィタリー・ジガルコは日本メディアのコーディネーターをしている。家族は妻のテチャーナと2人の子ども。音楽はウクライナ人の暮らしに欠かせないものだったが、戦争が始まって楽器を手に取ることはすごく少なくなった。戦争の恐怖を目の当たりにして以来、幼い子どもたちのために家族を記録し続けている。去年1月、軍から招集令状をもらっていた。これはウクライナとヴィタリー家族の物語である。

ヴィタリーの伝言 ウクライナ侵攻4年間の記録

2022年以来、現地での取材を裏方として支えてきたヴィタリー・ジガルコさん。ウクライナの現実を知ってほしいと自身と家族の取材に応じてくれた。ウクライナの首都キーウではもはや日常となった空襲警報のサイレン。いつ何があるかわからない日々がこの4年間続いている。2022年の全面侵攻開始以来、犠牲になった民間人はわかっているだけで1万5172人でそのうち766人が子供たちである。キーウから西に50km、人口およそ1万人の小さな町・マカリウ。ヴィタリーさん家族の家があり、侵攻開始直後にロシア軍とウクライナ軍との戦場となった。ヴィタリーさんはこの町で生まれ育っていた。ウクライナがまだソ連の一部だった1986年生まれで幼い頃「日本」という遠い国に関心を持った。大学で日本語を学び、卒業後は日系企業などで勤務。通訳として日本を訪れたこともあった。2017年に会社を設立し、日本政府が関わる事業のサポートなどを通じて日本とウクライナを繋いできた。4つ年下の妻のテチャーナさんと学生時代に初めて言葉を交わしたきっかけは日本語だったという。2013年に結婚して長女のサンタさんと長男のステファンくんの2人の子供に恵まれた。愛する家族と過ごす穏やかな時間であったが、2022年のあの日を境に失われてしまう。2022年2月24日朝、国境に集結したロシア軍がウクライナへ一斉に侵攻を開始し戦争が始まった。各地の駅や国境には避難する人々が殺到した。しかし侵攻が現実になると思っていなかったヴィタリーさんは「戦争の経験がなかったのでどうすればいいかわからずとりあえず自分の家へ残ろうと決定した」とのこと。この判断が後に家族を命の危険にさらすことになり、当時ヴィタリーさんが撮影した映像には平穏な日常が休息に失われる様が記録されていた。戦闘は日を追うごとに各地で激しくなり、民間人の命も次々に奪われていく。そしてヴィタリーさんの町・マカリウにも戦争がやってきた。この頃ロシア軍がマカリウを含むキーウ州各地に進軍していた。どこまでロシア軍が迫っているかわからないという状況でヴィタリーさん家族は避難を決意する。何とか無事にマカリウから脱出しウクライナ西部へ向かった。つてをたどりどうにかある家族から1部屋だけ借りることができたが、家族4人にベッドは1つで新たな部屋を探そうにもウジホロドなど西部には当時避難者が殺到し空き物件自体が非常に少なくなっていた。圧倒的不利とみられたウクライナ軍は激しく抵抗し、4月にロシア軍をキーウ周辺から撤退させウクライナは首都を守りきった。4月、ヴィタリーさんは取材班とともにキーウ州へはいった。避難以来初めて戻った故郷・マカリウだったが変わり果てた光景に言葉を失った。

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2022年4月、ヴィタリーさんは避難以来初めてロシア軍が撤退した故郷のマカリウへ私たちとともに入った。マカリウ当局によると地域一帯で最終的に238人の遺体が確認され、手を縛られ射殺された遺体が多数ありレイプされ喉を切られた女性の遺体もあった。翌月、約2か月ぶりに自宅へ戻ると家は奇跡的にほぼ無傷だったという。取材は続き、悲しいニュースばかりだったが復興が始まり時には前向きな話題も出てきた。この年、ウクライナ軍は沢山の占領地を取り戻していた。冬は最も厳しい季節になり、戦争の中でも続く子育ての日々となっていた。翌年は長女サンタさんの進学のため、ヴィタリーさん家族はキーウに部屋を借りた。戦争の中でも生きる喜びを忘れないというのも1つの抵抗の形である。一方で戦争がどのような終わりを迎えようと帰ってこない人々もいる。ウクライナ軍の戦死者の数は公表されているだけで約5万5000人であり、兵士不足がすでに深刻な問題となっていた去年にその時がやってきた。招集令状が届いたのである。子供たちに悟られないよう不安を押し殺し、普段通りに振る舞った。妻のテチャーナさんは子供たちが母子家庭で育った自分と同じ境遇になるかもしれないと動揺していた。およそ半年後、招集令状に従い健康診査を受けたヴィタリーさん。頭のけがによる後遺症が理由で侵攻前は兵役免除されていたが、戦時下の今は状況が違っていた。ウクライナでは学校教師や石など一部の職業は軍の招集が免除されるが、ヴィタリーさんは日本政府の支援プロジェクトも手掛けていることを説明し招集の免除を求めることにしていた。

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ウクライナの人々が何千回と耳にしてきた戦争の音。日常と化した戦争は深く子どもたちの心に影響を与えていた。かつてサンタさんとステファンくんが通っていた幼稚園があった場所はその頃の面影はなかった。きょうはステファンくんの学校の入学式だったが、家族が命がけでマカリウを脱出した当時3歳だったステファンくんは平和な記憶はほとんどない。一方、3年生になった姉のサンタさんは空襲警報で教室の授業は中断していた。全員でシェルターへ行ったが、授業中にサンタさんの様子で気になることがあり指されない限りはほとんど自分からは発言せず引っ込み思案な性格は戦争も影響しているかもしれないという。

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ヴィタリーさんが軍に招集されるか結論はまだ出ていない。4年間続くロシアの侵攻で都市部への無差別攻撃は続き、民間人の死者は増え続けている。ウクライナ民謡の演奏に欠かせないバヤンと呼ばれるアコーディオンの一種をヴィタリーさんも幼い頃から習っていた。家族全員で音楽に親しんできたが、戦争が始まって楽器を手に取ることはめっきり減っていった。ヴィタリーさんは最後に日本の皆さんへ向けて「朝、目が覚める幸せを噛み締めてください。空襲警報もミサイルもなく子供たちが静かに眠れることを喜んでください」などと話した。

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(エンディング)
次回予告

「NNNドキュメント’26」の次回予告をした。

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