2022年4月、ヴィタリーさんは避難以来初めてロシア軍が撤退した故郷のマカリウへ私たちとともに入った。マカリウ当局によると地域一帯で最終的に238人の遺体が確認され、手を縛られ射殺された遺体が多数ありレイプされ喉を切られた女性の遺体もあった。翌月、約2か月ぶりに自宅へ戻ると家は奇跡的にほぼ無傷だったという。取材は続き、悲しいニュースばかりだったが復興が始まり時には前向きな話題も出てきた。この年、ウクライナ軍は沢山の占領地を取り戻していた。冬は最も厳しい季節になり、戦争の中でも続く子育ての日々となっていた。翌年は長女サンタさんの進学のため、ヴィタリーさん家族はキーウに部屋を借りた。戦争の中でも生きる喜びを忘れないというのも1つの抵抗の形である。一方で戦争がどのような終わりを迎えようと帰ってこない人々もいる。ウクライナ軍の戦死者の数は公表されているだけで約5万5000人であり、兵士不足がすでに深刻な問題となっていた去年にその時がやってきた。招集令状が届いたのである。子供たちに悟られないよう不安を押し殺し、普段通りに振る舞った。妻のテチャーナさんは子供たちが母子家庭で育った自分と同じ境遇になるかもしれないと動揺していた。およそ半年後、招集令状に従い健康診査を受けたヴィタリーさん。頭のけがによる後遺症が理由で侵攻前は兵役免除されていたが、戦時下の今は状況が違っていた。ウクライナでは学校教師や石など一部の職業は軍の招集が免除されるが、ヴィタリーさんは日本政府の支援プロジェクトも手掛けていることを説明し招集の免除を求めることにしていた。
