舘ひろしは名古屋出身で父親が医者だった。医学部を受験したがラグビーばかりやって不合格で、一浪した時に試験は落ちたけど女の子に出会って東京に行くことを決めたという。別の大学の建築学科に入って、バイクが欲しくて本を買うと言って家からお金を送ってもらった。バイクチーム「クールス」として活動し、後にバンドを結成した。クールスがきっかけで芸能界デビューし、その後俳優としての活動もスタートした。ターニングポイントになった作品の一つが「あぶない刑事」。柴田恭兵の芝居にやきもちを焼いていたという。柴田のようにアドリブをしたかったが、監督には禁止された。監督は「あぶない刑事を舘さんで撮ってました、だから僕は舘さんがアドリブをやるのをダメだと言った」と話したという。遊ぶのに忙しくて「あぶない刑事」の台本はほぼ読んでいなかったという。
