岩村明憲は取材に対し、田口さんは自分の居場所をつくるために必死になってやっていたと話した。田口は、アメリカでプレーした経験のある選手から球団としてはセントルイスが一番いいと言われた、アメリカで野球をするならジョー・トーリ監督・ルー・ピネラ監督・トニー・ラルーサ監督の3人のもとで野球をするべきと言われた、マイナー行きを宣告される1週間前から僕に対する雰囲気が変わってきた、マイナーでは朝4時起き、3時起きはザラ、メンフィスは危なくてアパートから集合場所までの200m歩くのも怖かった、2では監督に全試合1番で使うのでチームを勝たせろと言われた、1人だけ開幕メンバーから外された頃からコントロールできないものは諦めようと考え方がいい方向に行った、自分がアウトになっても右打ちをしてランナーを三塁に進めてチャンスを広げて点をとるスタイルが少しずつチームに浸透していった、マイナー生活でメンタルは大きく変わった、いい方向へ物事を考えていくための時間だったと話した。
