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「スーザン・アーチンスキーさん」 のテレビ露出情報

歴史研究家の森重昭さんは広島の原爆でアメリカ兵の捕虜も亡くなった事実を独自の調査で明らかにした。長い年月をかけてその身元を調べ上げ遺族との交流を続けた。平成28年に広島を訪れた当時のアメリカ・オバマ大統領と抱擁を交わし注目を集めた。森さんは昭和12年、広島市生まれで8歳のとき爆心地からおよそ2.5キロの地点で投降中に被爆した。何とか命を取りとめた森さんは国民学校へ避難する。戦後は大学を卒業してサラリーマンとなり、ひたすら仕事に打ち込んだ。転機となったのは38歳で自らの体調に不安を感じた時期であった。森さんは30年間蓋をしてきた原爆と向き合う決心をする。広島原爆戦災誌には国民学校で800人の遺体が焼かれたと記されていた。会社務めの傍ら、被爆した人たちに話を聞いて回った。調査は1000人以上で20年近くに及んだ。調査を進める中で森さんは他にも気になることがあり、捕虜として収容されたアメリカ兵もまた原爆の犠牲になったのではないかということ。しかし自国の兵士に被爆者はいないというのが当時のアメリカ政府の見解であった。森さんは丹念に資料を集め、アメリカ兵の捕虜12人が広島市内の憲兵隊司令部などで被爆死したことを調べ上げた。兵士の名前だけを頼りに通訳を介して1件1件電話をかけるなどして最終的に全ての遺族を探し出した。遺族たちはこの調査に感謝し、森さんが訪米した際には拍手で出迎えた。名前と遺影を遺族に変わって広島にある追悼平和祈念館に申請し登録された。平成28年、当時のオバマ大統領が現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪れた。その献花式に森さんは他の被爆者とともに招かれた。森さんの地道な活動が世界に知られることになった瞬間であった。その後もニューヨーク国連本部で演説し、ローマ教皇とも面会を果たすなど平和を訴える活動を続けた。自らも被爆しながらアメリカ兵の犠牲を明らかにした森重昭さんは戦争の愚かさを訴えかけた生涯であった。

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