2014年、最下位に沈んだ1年目を受け栗山はチームを勝利に導くため投手大谷の強化に乗り出した。中6日での先発ローテーション入を目指し手薄な投手陣を補強。打者として出場する場合は守備に入らないDHを軸にした。投手コーチに就任した厚澤和幸はチームの不協和音を解消するためにも結果にこだわった。2年目、大谷は期待に応える結果を出し始めた。投手として初の完封勝利。打者では初の1試合2本塁打。同期の鍵谷陽平は大谷の努力を目の当たりにしていた。遠征先で試合を終えた深夜、札幌寮に戻ったとき、ウエイトルームの明かりがついていた。中を見ると大谷がトレーニングをしていた。谷元は移動の途中に大きなバッグを4つも抱えた大谷を見た。バッグの中には大量のプロテインとサプリメントが入っていた。2年目、大谷は11勝、10本塁打を達成。チームは3位でクライマックスシーズンに突入。負ければ敗退の1戦で大谷が先発投手で勝利を上げた。翌日に勝ったチームが日本一をかけたシリーズに進出となる。その日の夜、中垣から「地下駐車場で翔平がガンガン素振りしている」と連絡が入った。大谷は高校時代大舞台で勝てなかったので日本一への思いが一際強かった。しかし翌日、メンバー表に大谷の名前はなくチームはやぶれシーズンが終わった。栗山には大谷の才能を守り抜く覚悟があった。栗山は志半ばで野球を諦めたからこそ、選手の才能と未来を守りたかった。栗山は怪我のリスクを抑えながら大谷が投手として打者としてフル稼働できる出場パターンを中垣に洗い出させた。中垣は9パターンを用意し、試合日程に合わせて出場パターンを使い分けることにした。2015年、5月22日、宿敵ソフトバンクとの一戦。3点リードの七回、大谷は5失点で降板。試合後、栗山の携帯に大谷から「明日もしよければ打者でつかっていただけないでしょうか?」というメッセージが届いた。栗山は大谷を監督室に呼び「いつか必ずこちらが頭を下げて試合に出てくださいっていう日が必ず来る。その時は俺の方から頭を下げるのでそれまでしっかりやってほしい。だからきょうは試合に使わない」と伝えた。2015年、大谷は15勝5敗で投手三冠を獲得。だが打者での起用が制限され打撃が振るわなかった。チームは2位でまたも優勝を逃した。
