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「ツェッペリン伯号」 のテレビ露出情報

依頼人の山路さんのお宝は、世界に2つしかないブリキのおもちゃ。祖父の遺品整理の際に見つけたもので、入手経緯などの詳細は一切不明。依頼品は、東京駅のブリキのおもちゃ。戦前に作られたものだという。インターネットで調べて出てきた記事によると、世界に現存するのは1つで鑑定士の北原先生が持っているという。ブリキのおもちゃは100年以上もの時を超え人々に愛され続けている。日本でブリキのおもちゃが作られ始めたのは明治時代。ブリキは軽くて加工しやすいため盛んに用いられたが、当初は彩色は手塗りで、糸で引っ張ったり自分の手で動かすなどごく簡単なものだった。しかし明治後期、ブリキ印刷機が開発されると何色もの塗装が可能となり、色彩は華やかに、さらに動力もゼンマイを用いることで細かな動きが可能となり創意工夫に富んだおもちゃが次々に誕生。そして1914年第一次世界大戦が勃発すると、それまで世界のおもちゃ生産の半分を占めていたドイツに代わり日本に注文が殺到。安くて丈夫、多彩な動きの楽しさから海外の子どもたちに「Japanese Tin Toys」として親しまれ、日本は大正から昭和初期にかけ世界トップクラスのおもちゃ大国となった。種類は人物や動物、乗り物などがある。改めて依頼品を見る。東京駅が開業したのは1914年。箱には当時の駅の様子が書かれていることから、その頃作られたと思われる。北原先生のものと比べると、木のオブジェに違いがある。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年7月20日放送 1:23 - 2:36 NHK総合
カラーでよみがえる映像の世紀(映像の世紀)
ドイツ帝国が宣戦を布告した当日、450万人の若者が兵士として動員された。50年にわたり戦争から遠ざかっていた欧州の若者たちには戦争の記憶などなく、当時のドイツ人青年の手記には戦争への期待と徴兵される喜びが綴られていた。開戦に熱狂するドイツの群衆の中には、後にドイツ第三帝国指導者となるアドルフ・ヒトラーその人もいた。ヒトラー自身も「我が闘争」において、ドイツ人[…続きを読む]

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