鎌田大地選手は自身について「僕は今まで雑草魂 下からはい上がってきた身絶対に成功したい」と話していた。ガンバ大阪ジュニアユースからユースに上がれず京都・東山高校に進学、福重監督は当時から技術は高かったと振り返るとチームが劣勢になるとボールを追わなくなることもあり課題も多かったという。当時チームメートで現コーチの中村太郎さんは高校1年の全国高校選手権京都府予選決勝で1点を追う後半アディショナルタイムで無人ゴールでシュートを外し敗れたことをきっかけにチームへの責任感を強く意識するきっかけになったのではとした。3年生になるとキャプテンに立候補して就任、中心となってルールとして「学校内スマホ禁止」「オフ月曜の自主練の実施」「小さいボールでのドリブル練習」を監督に相談し了承された。卒業後はサガン鳥栖に入団、当時のヘッドコーチ森下氏は「自分の目指すところから逆算してきょう一日何をしないといけないかを考えていた」などと話した。1年目の沖縄キャンプから帰ってから初来店した「奏味創彩 えんや」店主松隈さんは鎌田の身体作りのサポートをするため独学でアスリート食事を学び栄養豊富な献立を100種類以上提供してきた。専用メニューやカウンター1番端の特等席、また背番号と名前、誕生石が入った専用箸があるということ。
