母の啓子さん、父のクリストファーさんは音痴のなか、娘2人に歌の才能があると感じていたという。宮澤エマは小学校で演劇部に入り、高校ではミュージカルに触れた。宮澤は母親に「学校生活が複雑で疲れてる。月~金は口をきかないと思うけど、心配しないで」と話し、啓子さんは驚かされたという。宮澤はアメリカの大学で学んだ後、日本の芸能界に入った。啓子さんは宮澤の選択を尊重し、クリストファーさんは「母は女優になりたかったが、70歳くらいまで図書館の司書だった。辞めてから女優をはじめた」と話す。宮澤は姉に何をしても敵わないと痛感するなか、「芝居だけは私のほうが上手い」と漠然と思っていたという。
