TVでた蔵トップ>> キーワード

「Paris Fashion WEEK Fall/Winter 2024-2025」 のテレビ露出情報

千葉・市川市にある安国院の住職・中山さんのが依頼人。安国院は1315年に創建された日蓮宗の古刹。本堂の隣には寺が運営するカフェがある。イベントスペースとしても貸し出しており、落語など幅広い催しを開いている。中山さんはCGアーティストとしても活動しており、境内には作品が展示されている他、2つの大学の非常勤講師としてCGの授業を受け持っている。去年は復職デザイナー・徳嶺裕子さんとコラボしたドレスがパリコレで披露された。
中山雅紀さんのお宝は「江戸相撲力士の等身大掛軸」。描かれているのは釈迦ヶ嶽雲右衛門226cmと生月鯨太左衛門230cm。大正初めに玉垣部屋の親方から寄贈されたもので、本堂に飾るために表装を切り詰めた。江戸時代に初めて幕府公認の相撲興業が行われた富岡八幡宮には歴代力士の名が刻まれた巨人力士身長碑があるが、中でも最も大きいのが生月鯨太左衛門で、3番目に大きいのが釈迦ヶ嶽雲右衛門。釈迦ヶ嶽は1749年に出雲国大塚村で生まれた。おやつに30合の米を平らげたと言われるほどで、身長は13cmで190cmを超えたとされる。15歳で大阪相撲の朝日山部屋に入門し、20歳で江戸相撲に大関として出場。後の横綱・谷風に勝利するなど6勝1預かり1休の好成績を残した。その身長と180kgという体格から茶店には2階の窓へ代金を支払ったという逸話が残っている。美男子でもあり、相撲の観覧を禁止されていた女性らが出待ちしていたという。1773年には天覧相撲で優勝。後桃園天皇から天下一の言葉を賜り、天杯を拝受した。しかし腸閉塞により1775年、27歳で他界した。約50年後の1827年に肥前国生月島で生まれたのが生月鯨太左衛門。出生時の体重は7500gで、3歳で40kg近い体重があった。11歳で鯨にまたがり刀を刺して捕らえるなどの伝説が残っている。15歳で小野川部屋に入門。得意技は張り手と突っ張りで、1845年の興業では千秋楽で5人を同時に相手して勝利したという。江戸に出た後は玉垣部屋に入門。この頃に錦絵が流行しており、生月の絵は爆発的に売れた。しかし生月が江戸で取組を行ったのは1846年11月場所のみで、ほとんどが土俵入りのみの出場だった。これは巨体から対戦を避ける力士が続出したため。1850年に病により24歳で他界した。依頼品は長さ280cm、幅140cmで身長も言い伝え通り。釈迦ヶ嶽の等身大掛軸は富岡八幡宮と相撲博物館に。生月は富岡八幡宮にあるのみ。

他にもこんな番組で紹介されています…

2024年10月30日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
news every.(特集)
富田安紀子さんは病気で左目が見えず、6年前から義眼をつけており、右目も医師から「いずれ見えなくなる」と言われている。小学2年生のときに急激に視力が落ち始め、4年生のときには両目ともほとんど見えなくなった。特別支援学校に通ったが、手術により視力が回復し、復学した。しかし、目についてからかわれるなどのいじめに遭い、コンプレックスを感じていた。26歳のとき、母の勧[…続きを読む]

2024年10月15日放送 15:49 - 18:30 TBS
Nスタゲキ推しさん
フランス・パリで行われるファッションブランドの新作発表会「パリコレ」でデビューを果たした、富山県高岡市のモデル・兼松雅さんを紹介。雅さんは11歳。小学3年生で冨永愛さんに憧れモデル事務所に所属。子供服のブランド・リノペペのオーディションを受け、ランウェイを歩くモデルに抜てきされた。

© 2009-2025 WireAction, Inc. All Rights Reserved.