長塚さんはフランスに行こうと思った理由は、フランス映画が好きだったため。特別な憧れがあったという。23歳の時にパリ大学ソルボンヌへ語学を学びに留学。映画出演に至ったのは語学の先生の知り合いが、東洋人の役を探していたために白羽の矢が立ったという。映画「パリの中国人」でデビューすると、中国人の若い将軍を演じた。長塚さんは遊ばせてもらったと答え、その中で日本人の役をやってみたいと思ったという。帰国すると、今度はテレビドラマの大きな役がついたという。しかしその後仕事がない日が続いたが、好きだったためにこの仕事しかないと考えていたという。その中でも仕事は選んでいて、意に染まない役はやらなかったと答えた。その仕事選びでは運が良く当たったという。そして憧れていたのは昔見た西部劇のスター。ヘンリー・フォンダが好きだったと答えた。転機は45歳の時。映画初主演となり、オファーが舞い込むようになった。大河ドラマ 篤姫では主人公篤姫の父を演じ、今に至るまで主演、脇役を演じ独特な存在感に。東京国際映画祭では最優秀男優賞を受賞した。今の俳優としての立ち位置に長塚さんは自身を持てるようにはならず、カメラの前に立つことは苦しく、人前に立って表現することの苦しさを感じると答えたが、それが楽しさに変わってくるという。
