1988年のミャンマーは、独裁的な軍事政権に対して、民主化を求める学生たちの、大規模デモが全国に拡大していた。軍との衝突で、数千から数万人が死亡したと言われている。アウン・サン・スー・チー氏が表舞台に登場し、民主化運動の原点となった。民主活動家のモー・ティー・ズンさんは、アウン・サン・スー・チー氏とともに、ミャンマー全土をまわり民主化を訴えた。民主化運動は武力で弾圧され、武装闘争に転じた。軍事政権下で終身刑を言い渡されアメリカへ亡命を余儀なくされた。今も国内外100を超える組織と連絡を取り、軍内部にも情報網を張り巡らせている。最も懸念しているのは、アウン・サン・スー・チー氏の情報が、一切伝えられないこと。
医師・作家のマ・ティーダさんは、今年1月に東京を訪れ、講演をおこなった。文学や人権保護に関する、国際的な賞を複数受賞し、ミャンマーを代表する知識人として知られている。1988年当時、アウン・サン・スー・チー氏が率いた政党の情報部門に所属し、民主化に向けて奔走した。しかし軍政への抵抗運動を続けたことで逮捕され、6年間を刑務所で過ごした。その後もミャンマーに留まり活動を続けたが、5年前のクーデター直後にミャンマーを離れ、現在はドイツを拠点に、国際的なNGO「国際ペンクラブ」で活動している。マ・ティーダさんが最も懸念しているのは、国民に起きている精神的な変化だという。
医師・作家のマ・ティーダさんは、今年1月に東京を訪れ、講演をおこなった。文学や人権保護に関する、国際的な賞を複数受賞し、ミャンマーを代表する知識人として知られている。1988年当時、アウン・サン・スー・チー氏が率いた政党の情報部門に所属し、民主化に向けて奔走した。しかし軍政への抵抗運動を続けたことで逮捕され、6年間を刑務所で過ごした。その後もミャンマーに留まり活動を続けたが、5年前のクーデター直後にミャンマーを離れ、現在はドイツを拠点に、国際的なNGO「国際ペンクラブ」で活動している。マ・ティーダさんが最も懸念しているのは、国民に起きている精神的な変化だという。
