宮城元勝さんはかつて沖縄水産高校の実習船「翔南丸」で船長を務めていた。1983年8月8日、翔南丸は南シナ海の海上にいた。定員75人の船には生徒・教員69人が乗船。無事に実習を終え、あとは沖縄に戻るだけだった。翔南丸の前に現れた難民船には多くのベトナム人が乗っていた。その中には当時14歳だった少年ジャンの姿もあった。当時世界は東西冷戦の真っ只中で、北ベトナムをソ連・中国が支援、南をアメリカが支援。冷戦時の代理戦争の構図となったのがベトナム戦争だった。1975年、北ベトナムの勝利で戦争が終結すると、南ベトナム出身のジャン一家の運命は一変した。父は逮捕され母は収容所に送られた。ジャンは祖父母に引き取られたが、どこに行くにも公安の許可が必要となり自由が奪われた。この状況から抜け出し少しでも未来を明るくするため、多くの人々が国外へ脱出した。
