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「ジョンソン大統領」 のテレビ露出情報

米国大統領選挙について。米国の雑誌・タイムのデジタル版の表紙を紹介。米国・バイデン大統領は、21日午後、SNSで声明を発表し、「民主党や国にとっては、私が選挙戦から退き大統領として残りの任期のまっとうに集中することが最良だと信じている」として、秋の大統領選挙での再選を断念し、選挙戦から撤退する考えを明らかにした。米国の有力紙(ニューヨークタイムズ)は「バイデン大統領は前日の20日、米国東部・デラウェア州の別荘に大統領の顧問らを招き、撤退表明の声明を書き上げた」と伝えた。夫の選挙戦を支える姿勢を変えていないと見られていたジル夫人など家族に知らされたのは声明が作成されているさなかだったという。再選を目指す現職大統領が選挙戦の途中で撤退するのは、1968年のジョンソン大統領以来、56年ぶりの事態。
各国の首脳からも反応。岸田首相は「“政治的に最善の判断をする”との思いでの判断であると認識」と述べた。ウクライナ・ゼレンスキー大統領は「揺るぎない米国・バイデン大統領の支援に感謝している。これはこれまでもこれからも重要だ」とSNSに投稿し、支援の継続を訴えた。バイデン大統領が撤退を表明したことについて慶應義塾大学・渡辺靖教授は「バイデン大統領の健康不安が民主党にとっての1番の課題だった。その問題が消えたので、ある種の安心感はあると思う。ポイントはいかに反トランプで結束を取り戻すことができるか。米国の前向きな未来を提示していけるかがカギになってく今後、誰が後継の大統領候補者となるのか。米国・バイデン大統領は、SNSにハリス副大統領との写真を載せたうえで「ことしの民主党の候補者として、カマラハリス氏を全面的に支持し、推薦したいと思う」と投稿。これに対し、ハリス副大統領は声明で「バイデン大統領の支持を得られたことを光栄に思う。この指名を勝ち取るつもりだ」として、党の候補者の指名獲得に意欲を示した。ハリス副大統領は、バイデンより20歳以上若い59歳。父親はジャマイカ出身、母親はインド出身の移民2世で、女性として、また黒人としても米国史上初めての副大統領に。就任当初は、民主党の次世代のリーダーの1人とも目され、多様性を重視するバイデン政権の象徴となった。後継候補者としてほかに名前が挙がっているのは、州知事など(ミシガン州・ウィットマー知事、カリフォルニア州・ニューサム知事、オバマ元大統領の夫人・ミシェルオバマ氏)。待望論がある著名人にも現実味はなく、ニューサム知事は、ハリス副大統領を支持すると表明。クリントン元大統領夫妻や、民主党の州知事と上下両院の議員286人のうち、これまでに179人がハリス副大統領への支持を表明したと伝えられている」と述べた。
民主党系の政治団体は、インターネットのサイトをハリス副大統領を全面に出したものに更新。7時間ほどで74億円近くの献金が集まったと明らかにした。一方で、民主党重鎮・ペロシ元下院議長やオバマ元大統領などは、ハリス副大統領を支持するかどうかについて明らかにしていない。今月20日までの各種世論調査の平均では、ハリス副大統領を支持するとした人は38.1%、支持しないとした人は52.3%(リアルクリアポリティクス)。副大統領就任以降、目立った実績がないとの厳しい評価もある。バイデン政権では、移民対策の責任者に任命されましたが、就任から5か月余、メキシコ国境の現場に足を運ばず、共和党から批判を受けてきた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年3月26日放送 12:20 - 12:30 NHK総合
みみより!解説(みみより!解説)
1963年11月、アメリカ大統領・ケネディは南部テキサス州ダラスで再選キャンペーンを開始。オープンカーで市内をパレード中に何者かに狙撃され非業の死を遂げた。ケネディ暗殺を巡り未公開だった記録が新たに公開されている。解説は高橋祐介解説委員。公開を命じたトランプ大統領は「画期的な成果」とアピールしている。1期目のトランプ政権は情報機関からの要請で機密指定を一部解[…続きを読む]

2025年2月6日放送 23:50 - 0:35 NHK総合
映像の世紀バタフライエフェクト(映像の世紀バタフライエフェクト)
1900年頃、ベトナムはフランスの植民地であらゆる資源が搾取されて安い賃金で働かされていた。1919年に第一世界大戦の講和を話し合う会議で、ホー・チ・ミンは祖国の窮状を訴える文章を出したという。ホー・チ・ミンは祖国ベトナムの独立のために地下活動を続けた。1940年になると日本が進出し、ベトナムは日本とフランス双方から支配を受けることになる。そしてホー・チ・ミ[…続きを読む]

2024年12月29日放送 9:54 - 16:30 TBS
報道の日テレビ報道70年 8つの禁断ニュース
ベトナム反戦運動と同じころに起きた成田闘争。成田空港建設を巡って地元の農民らと新左翼が参加し激化した反対運動。取材していたTBSのスタッフが反対は農民と彼らが持ち込んだプラカードをロケ車両に乗せ移動したことが問題に。この頃、東京・飯田橋でプラカードで警官を殴った学生に初めて凶器準備集合罪が初めて適用。1968年3月27日、日本初のニュースキャスター降板。交番[…続きを読む]

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