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「亜細亜丸」 のテレビ露出情報

高度経済成長に沸いていた昭和35年、土光氏は戦後最大の合併とも言われた播磨造船所との合併を決断する。しかし会社の実態は苦境に立たされていた。造船不況によって受注が2年間で半減。経営を立て直すにはまず経営陣の刷新が課題だった。そこで土光氏が常務役員として個性的な人材に目をつけた。アメリカの造船会社に長年出向していた真藤恒氏。最年少の常務ながら主力の造船事業を任された真藤氏は常識を覆す船を造ろうと動き出す。土光氏が真藤氏に課したのは「報告」のみで自由にやらせた。真藤氏はのちに「ドクター合理化」と呼ばれるほど生産コストを切り詰め破格の安さで受注を獲得。合併による新会社誕生から1年後、新しい船の第一号「亜細亜丸」が完成し業界に革命を起こす。受注は大幅に伸び合併から3年後には建造量で世界一の会社に成長する。

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