能登半島地震から2年。輪島市に住む89歳の坂下敏子さんは、地震で人が住まなくなった集落にたった一人で暮らしている。敏子さんが暮らしているのは輪島市小池町。地震前までは輪島市中心部まで車で15分ほどの場所にあり、25世帯約50人が暮らしていた。しかし県道が崩落し、ライフラインも絶たれたため、すべての住民が街を離れ仮設住宅などで暮らしている。敏子さんは去年の春、一人で小池町に戻ることを決意した。敏子さんの自宅は地震で半壊。電気や水道も復旧していなかった。仕事の合間をぬって孫の美香さんがサポートをする。敏子さんが小池に戻ってきた理由は70年以上耕してきた畑の再生。敏子さんの畑はおととしの豪雨で冠水してしまった。畑を一から耕し直し地震前の営みを取り戻そうとしていた。敏子さんは夫の幸雄さんとともに農業などを生業にしながら家族を支えてきた。楽しみにしていたのは輪島朝市。NHKに残っていた昭和54年の映像を紹介した。敏子さんは夫と3人の子どもに先立たれた後もこの土地を大切に守ってきた。
去年10月、小池は収穫の時期を迎えていた。地震の年不作だった柿は豊作。畑では見事な大根が育った。この日は畑仕事のため仮設から一時帰宅する住民の姿があった。小池で一人奮闘する敏子さんの存在に勇気づけられているという。小池にも水道や電気が復旧。ようやく日常が戻ろうとしていた。敏子さんと孫の美香さんたちは自宅の公費解体を決断した。去年11月、公費解体の日を迎えた。孫の美香さんたちが敏子さんが住むためのトレーラーハウスを用意した。孫たちがお金を出し合い購入した。先月、輪島の朝市に敏子さんの姿があった。能登半島地震から2年、敏子さんの営みが少しずつ動き出していた。高瀬は「震災復興と考える中で希望になるものが大事なんだなってことも伝わる」などとコメントした。敏子さんはこの冬、仮設住宅での生活を余儀なくされている。町からの林道が雪で塞がれ通れなくなるという。小池の区長に話を聞くと住民の半分は町に戻りたいと考えているという。石川県で仮設住宅・みなし仮設住宅で生活する人は1万7,000人余となっている。NHKが専門家と共同で行ったアンケート「将来住みたい場所」で、地元の近くで暮らしたい人が8割を超えた。
去年10月、小池は収穫の時期を迎えていた。地震の年不作だった柿は豊作。畑では見事な大根が育った。この日は畑仕事のため仮設から一時帰宅する住民の姿があった。小池で一人奮闘する敏子さんの存在に勇気づけられているという。小池にも水道や電気が復旧。ようやく日常が戻ろうとしていた。敏子さんと孫の美香さんたちは自宅の公費解体を決断した。去年11月、公費解体の日を迎えた。孫の美香さんたちが敏子さんが住むためのトレーラーハウスを用意した。孫たちがお金を出し合い購入した。先月、輪島の朝市に敏子さんの姿があった。能登半島地震から2年、敏子さんの営みが少しずつ動き出していた。高瀬は「震災復興と考える中で希望になるものが大事なんだなってことも伝わる」などとコメントした。敏子さんはこの冬、仮設住宅での生活を余儀なくされている。町からの林道が雪で塞がれ通れなくなるという。小池の区長に話を聞くと住民の半分は町に戻りたいと考えているという。石川県で仮設住宅・みなし仮設住宅で生活する人は1万7,000人余となっている。NHKが専門家と共同で行ったアンケート「将来住みたい場所」で、地元の近くで暮らしたい人が8割を超えた。
