TVでた蔵トップ>> キーワード

「別府大分毎日マラソン」 のテレビ露出情報

4年生の冬、彼岸の箱根駅伝に初出場。2位でタスキを受け取ると、4区区間新記録で総合優勝に貢献。無名だったランナーは努力で歴史に名を刻んだ。大学で陸上をやめるつもりだった吉田。再び走ることを決めた理由とは。青山学院大学の原晋監督は、故障も少ないですし黙々とやる姿勢は実業団でもやっていけるのかなと箱根駅伝の成果を見て感じたといい「マラソンで2時間10分切ったら実業団でやってもいいんじゃないの?行き先は協力する」 と言ったという。恩師の後押しを受けて当時大学4年生の吉田は、初マラソンに挑戦。原監督は解説席から見守った。吉田はマラソン初挑戦ながら外国人選手相手に先頭争いを演じ、約束の2時間10分を上回り、当時学生歴代2位を記録。引退から一転、吉田は「生半可な覚悟や妥協や努力しないとか一切考えないで結果だけを求めてマラソンをしていこう」と決意。大学卒業後、GMOインターネットグループに入社。2024年1月には練習拠点を青山学院大学へ。現役続行を決めたあの時のように監督の支えを受けて。目指すは日本記録を上回る2時間3分台。恩師の指導は直ぐに結果となって現れる。2024年12月福岡国際マラソンで32キロ地点から独創し、当時日本歴代3位の2時間5分16秒で優勝を果たし、東京世界陸上マラソン日本代表の座を勝ち取った。

© 2009-2026 WireAction, Inc. All Rights Reserved.