本がスピードスケートで初めてメダルを獲得したのが1984年のサラエボ五輪。当時、大学3年生の北沢欣浩が日本人初の銀メダルという快挙を成し遂げる。14年後の長野五輪で初の金メダリストになったのが清水宏保。長身の外国人選手が有利とされている中、1m62cmの小柄な清水が世界の頂点に立った。清水の武器がロケットスタート。爆発的な加速を生み出しているのが鍛え上げられた肉体。その原点は父・均さんの熱血指導。迎えた1998年の長野五輪。男子500mは2回滑った合計タイムで競われる。メダルを争ったのが1m90cmのジェレミー・ウォザースプーン(カナダ)。長野五輪銀メダルのJ・ウォザースプーンが動画でメッセージ。清水に「みんな君のスタートを真似したがるけどうまくいかないんだ」等と話していた。清水は1本目を滑ってトップ。日本のスピードスケート界にもたらされた初めての金メダル。この光景を見て世界一に憧れた小学生が小平奈緒。小平は2010年のバンクーバー五輪に出場すると団体パシュートで銀メダルを獲得。しかし個人種目では2大会連続でメダルを逃していた。立ちはだかったのは学生時代からのライバルのイ・サンファ(韓国)。当時オリンピック2連覇を達成していた。小平はスピードスケートの強豪国、オランダに留学を決意。長野五輪の銅メダリストの岡崎朋美は、オランダに行って自分の殻を破ってくる、おとなしい可愛らしい感じの子猫ちゃんがいきなりヒョウに変わる見たいと話す。そして迎えた2018年ピョンチャン五輪。一発勝負の女子500mで、小平奈緒は、オリンピックレコードでトップに躍り出る。すると小平は口に手を当て観客に静かにするよう促す。この直後、地元で3連覇に挑むイ・サンファ。日本の小平が金メダル。金メダルを逃したイ・サンファに小は韓国語でチャレッソ(頑張ったね)と声をかけた。
