1993年に逸見政孝が緊急記者会見を開き、自らの嘘を告白。逸見は実直で生真面目なフジテレビの看板アナウンサーとして活躍してきた。かつてコンビを組んだ安藤優子は「真面目一直線な人」などと語った。逸見は1988年にフリーアナウンサーに転身し、一躍人気司会者に。しかし1993年に初期のがんが発見。手術すれば短期間で復帰できるのではと考えた逸見は、番組への影響を考え十二指腸潰瘍と発表し手術を受けた。その後現場復帰を果たすも、がんが再発。このままでは余命1年以下だったので、逸見は緊急記者会見を開いた。そこで十二指腸潰瘍は嘘だったことと、がんを公表。3か月休養して闘うことを宣言した。長女の愛さんはそこで初めて父の本音を聞いた気がしたと語っていた。会見から3ヶ月後、闘病の末逸見は48歳で亡くなった。患者へのがん告知は1990年は16%だったが、2016年には94.1%に上昇。
