2011年3月11日、気仙沼市の大谷駐在所に勤務していた千田浩二警部は津波の犠牲となった。今年1月、千田の同僚であった菅原は宮城県警察学校で副校長を務め若手育成に尽力している。菅原は将来有望な人材がたった一瞬で亡くなり無念でならないなどと明かした。2010年に千田は大谷駐在所に配属され、すぐに現地に溶け込んでいた。東日本大震災の翌日、大津波が地区を襲い、75人の命が奪われた。菅原は今も部下たちに自分自身も大切な命であり災害の犠牲にならずに必ず生きよと呼びかけ続けている。地区の小学校近くには千田を偲んでお地蔵が建てられた。大谷地区出身の柳田は、千田の犠牲に思うところが色々とあり警察官になると決めたのだと明かした。
去年9月、山根家に娘が見つかったと知らせが入っていた。大谷海岸にて行われた清掃活動の収集物の中から3年前の2月に人骨が発見された。山根夫婦は震災後、何度も大谷海岸へ足を運び、2人にとって大切な場所となっていた。捺星ちゃんの骨を検視した星野は、発見された遺骨の様子を絵に描いて説明した。去年10月16日、山根一家は宮城県警南三陸警察署にて遺骨引き渡し式に出席し、娘と再会を果たし、14年分の思いが溢れていた。娘の遺骨を手に帰宅した山根は、娘が大好きであった生クリームのケーキを仏壇に供えた。
去年9月、山根家に娘が見つかったと知らせが入っていた。大谷海岸にて行われた清掃活動の収集物の中から3年前の2月に人骨が発見された。山根夫婦は震災後、何度も大谷海岸へ足を運び、2人にとって大切な場所となっていた。捺星ちゃんの骨を検視した星野は、発見された遺骨の様子を絵に描いて説明した。去年10月16日、山根一家は宮城県警南三陸警察署にて遺骨引き渡し式に出席し、娘と再会を果たし、14年分の思いが溢れていた。娘の遺骨を手に帰宅した山根は、娘が大好きであった生クリームのケーキを仏壇に供えた。
