待っていたのは戦後の混乱。生きるためにあらゆることをやったが魚を販売したり、ひょんなことからアパートの経営者になったりし、その住人のつてにより紙芝居作家へ。さらに紙芝居業界が斜陽になると上京して貸本漫画業界の世界へ。資本漫画家としてデビューした。とはいえ描いても描いても生活は楽にならず。困窮する水木しげるをすくったのは妖怪たちだった。紙芝居時代から書いていた墓場鬼太郎は1965年に週刊少年マガジンに掲載が開始されその後ゲゲゲの鬼太郎に改題された。テレビアニメ化されると、怖いがどこかユーモラスな妖怪の姿に子どもは夢中になり一大ブームに。