橋げたを積んだ台船が出航した。この日の官庁は11時56分。水位が下がっている2時間以内に多摩川スカイブリッジをくぐり抜けないといけない。エンジンの付いていない台船は通常、曳き船が牽引することで進む。曳き船がが風や潮で流されれば当然、台船も流される。谷川はイカリを川底に沈め6本のワイヤーで張りながらウインチで巻き取る作戦をとった。あと少しで抜けられると思った瞬間、台船が動きを止めた。原因は川の流れが強まったことでウインチの安全装置が作動してしまったことだった。40分後、再びウインチが動き出し、無事多摩川スカイブリッジを通過した。2023年3月、新しい橋げたが完成。ついに世界に類をみない難工事が始まる。通行止めは2週間。橋のスライドにかけられるのはわずか2日しかなった。石割が頼ったのは、ジャッキオペレーターの中村司だった。古い橋の撤去はジャッキで真っ直ぐ引っ張る一般的な方法でよいが、新しい橋は川岸にある住宅や道路への影響を避けるため、川崎側に寄せて設置されいた。そのため斜めに動かしながら接続させないといけない。中村は石割に「スライドの実験をさせてほしい、費用はこちらで持つ」と話し頭を下げた。中村にとってもこれほど大きな橋を斜めに動かすのは初めての挑戦だった。これまでジャッキの操作ミスで起きた悲劇的な事故はいくつもあった。中村と石割たちは話し合いを重ね1つの案にたどり着いた。レールの摩擦を減らすために滑りをよくするステンレス板を貼ることだった。石割は上司や関係先にステンレス板の必要性を訴えて回った。そしてついにスライドレールにステンレス板が装着されることになった。
