- 出演者
- 有馬嘉男 森花子 石割大貴 谷川雅浩 中村司
オープニング映像。
高速大師橋の180分の1の模型を紹介。今回の工事はこの橋をスライドさせて掛け変える工法が採用された。
- キーワード
- 高速大師橋
「高速大師橋」が開通したのは1968年11月28日。京浜工業地帯と都心を結ぶ日本の大動脈となった。だが半世紀あまりを経て橋は老朽化。2012年までに行われた点検の結果1200箇所を超える亀裂が発覚した。近年インフラの劣化による深刻な事故が相次いでいる。高速大師橋も崩落の危険性が指摘され架替えの工事が急がれた。高速大師橋は非常に重要な社会インフラになっているので通行止めを2週間にとどめたい。それが首都高速道路の要望だった。この前代未聞のミッションを託されたのが48歳の石割大貴だった。長年箸の工事に携わってきた石割にとっても今回のプロジェクトは耳を疑うものだった。石割たちは新しい橋を別の場所で作り船で運ぶという作戦を立てた。東京ベイエリアと横浜の2か所で巨大ブロックを制作。それを高速大師橋のたもとに運び組み立てる。古い橋を撤去した後は、新しい橋を横から滑り込ませる「スライド工法」。小さな橋ならスライド工法をすることはあるが、この規模の橋でスライド工法をしたことは世界でも類をみない。2017年6月工事が始まった。しかし多摩川スカイブリッジの下を橋げたブロックを乗せた台船を通さなければいけないという課題があった。石割は海の輸送のプロフェッショナル・谷川雅浩に頼ることにした。この方法を知り谷川は石割に「多摩川を甘く見ないほうがいい」と伝えた。高速大師橋のたもとまで運ぶには水深がたりない。安全に運ぶためには、川底を掘る浚渫工事をするしかなかった。それに対し地元から「川底を掘られたらしじみがとれなくなる」との声が上がった。石割は「皆さんの日常を壊すような工事はしない」と地元住民に説明した。地元の人達たちを守りたいという姿勢は、初めて携わった橋の工事で石割が胸に刻んだものだった。多摩川河口域の漁で生活をたてているのは全部で50件。その1人1人に納得してもらえるよう、対話を重ねた。石割たちはしじみの生息域の川の中心部は避け、岸に近い川底を掘ると約束した。その結果、台船は川岸よりの狭くて橋が低い航路を通るしかなくなってしまった。石割りは谷川にこの条件で輸送してほしいと頭を下げた。谷川は大潮の日しか輸送は不可能だと断言した。2022年4月18日、橋げたを積んだ台船が出航した。
今回の工事の難しさについて石割大貴は「時間的制約がかかるところ、最初と最後の日にちが決まっているのでなんかと開通の日を守るのがミッションだった」などと話した。
橋げたを積んだ台船が出航した。この日の官庁は11時56分。水位が下がっている2時間以内に多摩川スカイブリッジをくぐり抜けないといけない。エンジンの付いていない台船は通常、曳き船が牽引することで進む。曳き船がが風や潮で流されれば当然、台船も流される。谷川はイカリを川底に沈め6本のワイヤーで張りながらウインチで巻き取る作戦をとった。あと少しで抜けられると思った瞬間、台船が動きを止めた。原因は川の流れが強まったことでウインチの安全装置が作動してしまったことだった。40分後、再びウインチが動き出し、無事多摩川スカイブリッジを通過した。2023年3月、新しい橋げたが完成。ついに世界に類をみない難工事が始まる。通行止めは2週間。橋のスライドにかけられるのはわずか2日しかなった。石割が頼ったのは、ジャッキオペレーターの中村司だった。古い橋の撤去はジャッキで真っ直ぐ引っ張る一般的な方法でよいが、新しい橋は川岸にある住宅や道路への影響を避けるため、川崎側に寄せて設置されいた。そのため斜めに動かしながら接続させないといけない。中村は石割に「スライドの実験をさせてほしい、費用はこちらで持つ」と話し頭を下げた。中村にとってもこれほど大きな橋を斜めに動かすのは初めての挑戦だった。これまでジャッキの操作ミスで起きた悲劇的な事故はいくつもあった。中村と石割たちは話し合いを重ね1つの案にたどり着いた。レールの摩擦を減らすために滑りをよくするステンレス板を貼ることだった。石割は上司や関係先にステンレス板の必要性を訴えて回った。そしてついにスライドレールにステンレス板が装着されることになった。
今回の工事の難しさについて中村司は模型を使って説明した。ジャッキは全部で65台使用したという。
2023年5月27日、2週間にわたる通行止めが始まった。朝6時、200人を超える作業員が古い橋の撤去に動き始めた。集中管理室で中村は指揮を取った。まずは撤去する橋をスライドさせた。開始から2時間、古い橋の撤去が無事完了した。次は新しい橋を斜めにスライドさせる難工事に取り掛かった。制限時間は12時間。開始から3時間後、足場が補強材に干渉する恐れがあるとの連絡が入った。中村はスライドを止め足場を撤去することを決めた。工事開始から9時間後、橋脚と橋についた上部を合わせていった。許される誤差は2cm以内。少し動かしては測量しまた動かしすという地道な作業を繰り返した。しかし東京側だけが予定より5mm行き過ぎるというアクシデントが発生。2台のジャッキだけを動かし5mmのズレを戻し、最後には人力で微調整し、無事架替え工事は終了した。2023年6月10日、通行止めは解除された。
中村司は工事のプレッシャーで日に日に痩せていった。誕生日の日に娘と妻からもらった色紙を見て乗り越えていったという。またこういう難しい工事を依頼されたら担当しますか?と聞かれ谷川雅浩は「ちょっといやですけどね」などと話した。
11月14日、スイス・チューリッヒで世界で最も優れた構造物を表彰する大会が開かれた。高速大師橋の工事は最優秀賞を受賞した。石割大貴は今も高速大師橋の工事を続けている。中村司は若き職人たちに己の技と心を伝えている。首都高速道路では現在5か所の大規模更新が進められている。
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