前方後円墳がこの形をしているのは、お墓への通り道を作ったから。古墳は土地の支配者の権力の象徴として作られ、方墳、円墳など様々な形があった。序列も決まっていて方墳が一番低く、最も位が高い人物が葬られていたのが前方後円墳だった。前方後円墳を作るのが許されたのはヤマト王権の王やその親族、その政権に参加した特別な豪族の首長たちだけで、ヤマト王権に認められた証だった。古墳が大きいほど埋葬される人の位が高く、儀式の規模も大きくなったと考えられ、儀式のステージとなる堀で囲まれた橋の部分も大きくなり前方後円墳の形になったとされる。前方後円墳という名前が付けられたのは江戸時代になってからで、古墳調査をしていた儒学者の蒲生君平によって名付けられた。作られた当時の資料は残っていないのでどちらが前か後ろかはわかっていない。大仙陵古墳はクフ王のピラミッド、秦の始皇帝陵と並ぶ世界三大墳墓の1つで世界遺産でもある。宮内庁によって仁徳天皇陵として定められている。古墳は葬られた人の名を刻む習慣がなくほとんどが誰の墓かわかっていない。大仙陵古墳は全長約500m、高さ35.8m、体積140万立方メートルあり、全長では世界最大のお墓。今作るとしたら約796億円かかるといわれる。これは40年前に計算されたもので、現在の物価ではさらに2倍以上と考えられる。作るには1日2000人が働いて15年8か月かかるとされる。
住所: 大阪府堺市堺区大仙町1079-1
