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「大地震両川口津浪記石碑」 のテレビ露出情報

1854年11月の地震から遡ること5か月前、伊賀上野地震が発生。大阪では家の倒壊をおそれ、人々は小船での避難を試みて難を逃れた。だが、同年11月5日の地震では津波が発生。犠牲者は1000人以上にのぼったという。震災の翌年、石碑が建てられたが、1707年に起きた宝永地震に関する記述がある。大阪に津波が押し寄せ、2万9000人以上が犠牲になったとされる。都会だった大阪では住民の入れ替わりが激しく、災害の記憶の伝承が難しい側面があったという。想定できたはずの津波の被害を防げなかったことへの深い後悔が石碑の文章から読み取れる。1年に1回、文章が読みやすくなるよう、石碑に墨入れが行われている。

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