大英博物館が狩野宗眼重信の襖絵の中を見た際に、裏張りに奈良県の談山神社のものがたくさんでてきたという。ロンドン、シアトル、青森と離れ離れになった襖絵。もともとあった場所は奈良だった。談山神社の創建は飛鳥時代。幕末まで多武峰妙楽寺と呼ばれる神社習合の巨大寺院だった。きっかけは1612年。徳川家康の命で比叡山の賢盛法印が学頭に。多武峰を復興せよと、学頭屋敷の新設が始まり襖絵の注文が狩野派へ。狩野派にとって大事な家康案件だった。
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