阿川さんは「一から全部外の人間として鍛え上げられないといけなかった?」、右近さんは「そんなことはない。運が良かった。初舞台が亡くなった中村勘三郎さんの舞台で、そこから中村屋の芝居にしばらく出ていて、10歳のときに今の師匠の尾上菊五郎さんに名前を継がないかと言われた。その代わりに清元はできないと言われた。でも、清元延寿太夫の演奏会のタイミングで、唄の仕事も継がないかとも言われて、前例がないが両方やることになった」などと話した。
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