3つ目の貴重な文化財・モノは「城」。やって来たのは奈良・郡山城で秀長が大和国を治める拠点とした場所であり、今も巨大な石垣が残っている。そこにはお地蔵さまが使われており、郡山城が作られていたのは豊臣兄弟が天下統一に向けて基盤固めをしていた時期であった。大阪城や和歌山城など、現在の近畿地方という同じエリアでいくつもの城を作っていた。人も資材も不足してしまったため、郡山城の石垣にお地蔵さまが使われていたのはそんな事情だからであった。どうすれば早く多くの城をつくれるのかという課題解決に豊臣兄弟が工夫したと思われるものがあり、郡山城から出土した瓦である。この瓦は秀吉が同じ時期に作った大阪城の瓦と比べてみると興味深い事実が浮かび上がってくる。大阪城跡出土瓦は金箔が残る秀吉らしい瓦だが郡山城の瓦と重ねてみるとぴったり同じとなっていた。当時の瓦は城の建築現場で型を作り製造するのが一般的で瓦は城ごとに異なるが、同じ型から瓦を量産し両方の城で使えるシステムを秀吉と秀長が作り上げていたと推測できる。
住所: 大阪府大阪市中央区大阪城1-1
