伊吹山地から琵琶湖へと注ぐ姉川。 あたり一帯は、朝倉・浅井軍と織田・徳川軍の総勢5万人近い兵士たちによる壮絶な闘いの舞台となった地だ。織田軍は、戦況を見渡せる龍ヶ鼻に本陣を置いた。両軍は姉川を挟んで対峙。織田側として山参した徳川家康は、前線・岡山(勝山)に陣を構え、ついにこの地で戦いの火蓋が切られた。今は小さな祠が鎮座する境内に、大きな杉の木がある。飛び交う矢によって枝が折れ、最上部が枯れてしまったと伝えられている。多くの戦死者の地で大地が赤く染まったことから、この辺りは「血原(ちはら)」と呼ばれている。一進一退の攻防の末、家康率いる軍勢の奮戦により、朝倉・浅井軍は撤退。しかし、彼らとの戦いは以後3年に渡り続いていくことになる。
