大坂城や江戸城など日本を代表する名城の数々。その城作りに中心となって関わったのが藤堂高虎。高虎の城といえば高い石垣と巨大な水堀がトレードマーク。築城名人の第一歩となった城が愛媛・宇和島市にある宇和島城。高虎が築城をはじめたのは豊臣時代。今も高虎の面影が残されている。案内してくれるのは折原健一さん。折原さんと一緒に城のフォトスポットを巡りながら高虎の痕跡を探す。スタートは城の南側上り立ち門。高虎の時代から残ると言われている古い門。今ある石垣の多くは後の時代に改修されたもの。しかし、高虎が築城した時も城は石垣で囲まれていた。かつて城山は海に面していた。海沿いに城を建てるには波による侵食から城を守るため、石垣が必要だった。高虎は城全体を石垣を囲むことで海のそばに城を築き上げた。宇和島城は海を監視するため石垣で波打ち際に築かれた海城だった。高い石垣は高虎の城の一つ。高虎はその後、技術革新を続け高さ30メートルの石垣を作るようになった。宇和島城の約13メートルの石垣はその原点だった。今残る天守は伊達家によって建てられたもの。朝は朝日が差し込んで美しいグラデーションを描き、夕日を浴びるとオレンジ色に輝いて美しいと折原さんは話した。
住所: 愛媛県宇和島市丸之内1
