朝8時、松下さんは仮設住宅から珠洲市・宝立町のプレハブ小屋に通っている。地震で全壊した寺からお骨や仏具を運んだ。わずか4坪のお寺には毎日のように住人が通う。地震の後からあるお勤めが増えた。墓じまいの依頼だ。これまで40件以上の墓じまいに立ち会ってきた。今も仮設住宅で暮らす松下さん。お昼ご飯は必ず家に戻る。妻のさち子さんは坊守として地域との橋渡しやお布施の管理を行っている。さち子さんが作るうどんは松下さんの大好物。300年以上、続いてきた往還寺。夫婦二人三脚で守ってきた。2024年1月1日に能登半島地震が発生。この日、山間の集落にいた松下さん。目の前で土砂崩れが発生し5日間、孤立した。観光や漁業で栄えた宝立町では津波の浸水域で少なくとも24人が亡くなった。町並みや人影が消えた故郷。地震から7か月後、松下さんは200万円をかけてプレハブ小屋を購入し寺を再開した。去年11月、プレハブ小屋を訪れた廣田さん。地震で亡くした家族の法要をいつ行うか相談に来た。家族3人が下敷きとなり、助け出されたのは廣田さんだけ。あれから2年。今もお墓参りを毎週欠かさない。しかし離れて子どもや孫は夫との記憶が薄れていくのではないかと思うようになった。
元日まで1か月あまり。さち子さんが激しい腹痛を訴え入院した。4日後、松下さんは息子が住職を務める東京の寺にいた。子どもたちは地震後、街を出て近くで暮らすよう松下さんに進めてきた。地震後、宝立町から400人が去った。2026年1月1日、街は雪に覆われた。翌日、松下さんは法要の約束をした家を訪ねた。夫・義母を亡くした廣田さん。子どもや孫が帰省し家族が集まっていた。松下さんの今年の目標は寺の再建。
元日まで1か月あまり。さち子さんが激しい腹痛を訴え入院した。4日後、松下さんは息子が住職を務める東京の寺にいた。子どもたちは地震後、街を出て近くで暮らすよう松下さんに進めてきた。地震後、宝立町から400人が去った。2026年1月1日、街は雪に覆われた。翌日、松下さんは法要の約束をした家を訪ねた。夫・義母を亡くした廣田さん。子どもや孫が帰省し家族が集まっていた。松下さんの今年の目標は寺の再建。
