岡山県岡山市にあった備中高松城は、周囲の沼地を利用した難攻不落の城。秀吉たちはこの立地を逆手に取り、堤防を築いて水攻めを行った。金や米と引き換えに地元の人々に土を運ばせ、短期間で築いたという堤防の断面には、積み上げた土嚢の跡が残されている。秀長が率いる軍勢は鼓山に構え、東に抜ける要衝の地を守った。本能寺の変の急報を受けた秀吉たちは急いで和睦を取り付け、城主・清水宗治の切腹を見届けると全軍撤退した。後に言う「中国大返し」だ。道中には様々な伝承が残されている。地元の民を巻き込み駆け抜けた秀吉達は、決戦の地・山崎へと向かう。
住所: 岡山県岡山市北区丸の内2-6-30
