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「徳川盛世録」 のテレビ露出情報

タモリらは皇居の中にある、かつての江戸城本丸を目指した。大手門から約500mの場所。大手門は1659年に造られた門がそのままの形で残っている。門を進んだ先の石垣には安山岩が使われ、隙間なくきっちり組み合わせられている。全国の大名に工事の費用や労力を負担させ、大名たちの財政・武力を削いでいた。中の門の石垣には花こう岩が使われている。この石垣は4代将軍・徳川家綱の時代に造り替えられたもの。本丸の石垣はこれまで見てきた石とまったく違う。石は小さく、形は不揃い。江戸城でも最も古い、江戸時代の初めに築かれたと考えられている。大手門から本丸までのわずかな道のりにいくつもの門と見張りを置き、本丸に近づくにつれて徐々に人数を減らすというルールに従わせる。圧倒的な徳川の力を見せつけることで天下泰平を守り続けていた。
タモリらは皇居の中にある、かつての江戸城本丸へ。本丸の敷地は約13万平方メートル(東京ドーム3つ分の敷地)。かつて、敷地内には本丸御殿の中でも最も格式の高い大広間があった。大名たちはこの大広間で将軍に拝謁していた。拝謁では、将軍が来ても平伏していなければならず、名前を呼ばれたとしても頭を下げ続けなければならなかった。そのため、せっかく将軍に会いに来ても顔を見られない状況だったという。初代将軍・徳川家康の時代は天守は真ん中にあったが、4代将軍・徳川家綱の時代になると端っこに移動。理由は大奥を広くするため。天下泰平のシンボル・天守台は、明暦の大火の後、4代将軍・徳川家綱の時代に築かれた。しかし、この天守台に天守があったことはない。理由は、明暦の大火で被害を受けた町の復興に費用を使うため。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年10月20日放送 20:10 - 21:54 テレビ朝日
絶景&世界遺産 火曜の良純孝太郎(絶景&世界遺産 火曜の良純孝太郎)
江戸城最大級の門・中之門をくぐり本丸へ。大番所は江戸城本丸への最後の番所。最後の検問で大名と3人の家来だけになる。江戸城は明暦の大火を含め4回以上の火災があった。文久年間の火災で本丸御殿が焼け石垣に飛び火した火災跡が残っている。いくつもの関門をくぐり抜けようやくたどり着いた本丸御殿は幕府の政庁と将軍の住居。敷地面積は約13万平方メートル。大きく3つのエリアに[…続きを読む]

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