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「悪党芭蕉」 のテレビ露出情報

「好奇心の赴くままいまを楽しむ」と自らを不良と呼んだ作家の嵐山光三郎。代表作「「不漁中年」は楽しい」など人生の楽しみ方を軽快に綴ったエッセイや独自の視点で考察した評論で読者を魅了。テレビの世界では飾らないキャラクターで親しまれた。昭和17年、静岡県浜松市に生まれた嵐山さん。戦後一家は神奈川県を経て東京へ行き、少年時代に夢中になったのが本であった。中学生の時には後に作家としての大きなテーマにもなった松尾芭蕉の「奥の細道」と出会った。大学卒業後は出版社に入社し、編集者として檀一雄などの文豪たちを担当し彼らの自由闊達な生き様に触れた。転機は38歳で雑誌の編集長として多忙を極めていた時、会社が希望退職を募集する。組織を離れ自由な生き方を選んだ嵐山さんは平成9年にエッセイ「「不良中年」は楽しい」を発表。景気が低迷し先行きが不透明な時代に人生を楽しむ大切さを説いた。子どもの頃に出会った奥の細道にも不良精神で向き合い、55歳の時には全行程2400キロを自転車を走破。何度も現地を取材して書かれた嵐山さんの作品は高い評価を受けた。さらに人間・松尾芭蕉の姿に迫った「悪党芭蕉」ではその独自の視点が評価され「泉鏡花文学賞」と「読売文学賞」をダブル受賞した。現地に通うことで句に込められた芭蕉の思いにも気づいた。若き日の芭蕉の死傷だった「蝉吟」について、蝉の声の蝉とは今は亡き師匠・蝉吟のことを表しているという。なぜ不良の生き方を目指すのか、嵐山さんが子どもたちに語った映像が残されていた。歳を重ね体の衰えを感じても人生を前向きに楽しもうという姿勢は変わらなかった。作家・嵐山光三郎さんは人生の楽しみ方を追及し続けた83年の生涯であった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2025年11月28日放送 15:50 - 19:00 日本テレビ
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作家である嵐山光三郎が今月14日に肺炎のため亡くなった。嵐山は雑誌「太陽」の編集長を務め、主な著書は「文人悪食」「悪党芭蕉」で、バラエティー番組での人気を博した。葬儀はすでに近親者のみで営まれた。

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