約90年前の東京を映した映像に徳川家霊廟が映っていた。明治時代以降の霊廟に詳しい牟田さんにこの4秒の映像を見てもらった。映像にあったのは秀忠の霊廟に隣接する正室・江をまつる建物。映り込む人はスタスタと霊廟の前を通っていて、かつての権威はなく一般的な存在になっていたことが窺える。誰もが集える場所となった霊廟に特別な思いを持つ人たちも現れた。
95歳の川嶋さんは徳川家霊廟を今も覚えているという。川嶋さんが7歳の時のこと、父と行ったサーカスの帰り道にただ一度だけ見た霊廟を今も鮮明に覚えている。今で言うと日光東照宮のような感じだったという。霊廟は昭和20年、米軍の焼夷弾が東京の街に降り注ぎ焼失した。この空襲の中、川嶋さんは家族と一緒に霊廟の裏手の道を逃げた。空襲後の写真には柱だけ焼け残った水盤舎が写っている。葵の御紋がついた霊廟の門は家を失った人々が雨露をしのぐ場所となった。霊廟の焼け跡は廃墟のロケ地となり「月光仮面」に映っている。霊廟跡は現在、人々がくつろげる公園になっている。
95歳の川嶋さんは徳川家霊廟を今も覚えているという。川嶋さんが7歳の時のこと、父と行ったサーカスの帰り道にただ一度だけ見た霊廟を今も鮮明に覚えている。今で言うと日光東照宮のような感じだったという。霊廟は昭和20年、米軍の焼夷弾が東京の街に降り注ぎ焼失した。この空襲の中、川嶋さんは家族と一緒に霊廟の裏手の道を逃げた。空襲後の写真には柱だけ焼け残った水盤舎が写っている。葵の御紋がついた霊廟の門は家を失った人々が雨露をしのぐ場所となった。霊廟の焼け跡は廃墟のロケ地となり「月光仮面」に映っている。霊廟跡は現在、人々がくつろげる公園になっている。
住所: 栃木県日光市山内2301
URL: http://www.toshogu.jp/
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