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「昭和基地」 のテレビ露出情報

出港から46日目、しらせが昭和基地に接近する。ヘリでは運べないものを運ぶために厚い氷のあるところに接岸するという。接岸すると乗組員は自衛隊機を掲揚。自衛隊員の団結を示すためだという。ここから燃料や車両の運搬を開始、燃料はホースでしらせから基地のタンクに移される。3日間かけた氷上輸送。しかし南極での活動はまだ始まったばかりだという。
南極での活動はラジオ体操から始まり、その後各自の作業に入る。基地の周辺には大気の流れを計測するためのアンテナがあり、除雪は手作業で行う。また新たな宿舎も建設していく。またある日、観測隊はしらせでの年越しを行うことに。迎えた新年、白夜の中初日の出を迎えた。24時間の滞在を終え、南極観測隊員は再び観測活動を再開、魚類やペンギンの生態調査を行う。また苔の調査は1984年から続けられているという。また自衛隊のヘリは南極で採取した氷の柱の輸送を行う。南極の氷は水を注ぐとパチパチという音がするという。
昭和基地ではしらせで調理を担当していた上月さんが調理を担当する。この日の食事は和食、メインはうな丼だった。南極から自衛隊員が離れる頃、南極では白夜が終わり、グリーンフラッシュという珍しj現象が観測された。2月11日、越冬隊を除く全員がしらせに戻る。ここから南極は長い冬を迎える。しらせはここから2箇所の観測ポイントへ立ち寄る。白夜が終わった南極では氷山を避けるため探照灯という強い光を放つライトで氷山を照らしていく。隊員たちはアムンゼン湾で南極大陸がどの程度動いたかを観測する。
その頃しらせの艦橋では中国の南極観測船「雪龍」を発見。しらせは次の観測ポイントへ急ぐ。続いてのトッテン氷河沖で、氷河が海水によってどのように溶けるかを観測する。こうして氷河を溶かすメカニズムを解明するのだという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年10月25日放送 16:00 - 16:30 TBS
東京空色さんぽ東京空色さんぽ
墨田区・業平をさんぽ。磯貝商店は大正時代末期から100年以上続く老舗の足袋店。すべて手作業で作られている。足袋作りの技術を生かした丈夫な作業着は南極の昭和基地でも使われていた。

2026年10月25日放送 10:00 - 11:15 フジテレビ
かのサンド(かのサンド増刊号)
おさんぽを再開。「磯貝鉄蔵商店」は大正時代の創業で100年以上の歴史がある。鳶職人の作業着「種田」の専門店。鳶職人が種田の作業着で作業をしていたところ、同行していた自衛隊員が気に入り昭和基地で広まった。鳶職人は町火消しの仕事も兼ねていた。江戸時代は火事があると建物を壊して火が回るのを防いでいた。作業着上下は50,000円。

2026年10月7日放送 19:00 - 21:00 フジテレビ
世界の何だコレ!?ミステリー(何だコレ!?ミステリー2時間SP)
1956年11月。日本初の南極観測隊が南極の気象や生態系の調査のために向かった。犬ぞりが準備され、19頭のカラフト犬と隊員たちの共同生活が始まった。第1次観測隊は任期を終えて交代になり、犬たちも引き継がれることになったが、第2次観測隊は悪天候で到着が遅れて基地に係留して引き継ぐことになった。しかし天候悪化で第2次観測隊は上陸できず、越冬を断念することになり、[…続きを読む]

2026年10月7日放送 4:05 - 4:15 NHK総合
視点・論点(視点・論点)
南極地域観測市場は開始から70年がたち、取り巻く環境が大きく変化している。特に地球温暖化を始めとする気候変動は南極の環境変化に大きく影響を及ぼしている。これまでの歩みを振り返り、今後期待される観測研究のあり方について紹介する。
日本の南極地域観測の始まりは1950年代に遡る。1956年に観測船「宗谷」が就航し、日本初の観測隊が南極に向かった。翌年、東南極に[…続きを読む]

2026年10月7日放送 0:59 - 1:29 日本テレビ
TAGRIGHTのタグつけます。(TAGRIGHTのタグつけます。)
2つ目のスポット・船橋港で発見したのは南極観測船SHIRASE5002。1983年、3代目南極観測船として就航。25年間で日本と南極を25往復。2008年に役目を終えて南極観測船に係留している。役目を終え解体が決定していたが歴史的価値を未来へ伝えるため保存され船内見学が楽しめる。200人以上が約半年航海するSHIRASE5002には理髪室・医務室・歯科治療室[…続きを読む]

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