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「東芝 本社」 のテレビ露出情報

土光敏夫氏は日蓮宗の信者で毎朝4時に起床し読経から一日が始まる。直子夫人は土光氏の読経が終わる頃に朝食の支度に取り掛かる。土光家の朝食はこの10年間決まって同じメニューで野菜ジュースと自家製ヨーグルト。5人の子供たちが独立して家を出てからは夫婦2人暮らしで著名な財界人としては珍しく慎ましい生活を続けている。2種類の新聞に目を通した後はニュース、農事番組は欠かさず観る。毎朝7時前には自宅を出てる習慣は今もほとんど変わらない。
国債発行残高は82兆円で国家財政は今破産の危機に瀕している。第二次臨時行政調査会は肥大化した行政組織の効率化を図り国家財政を立て直すことを目的としている。臨時行政調査会は別名・土光臨調と呼ばれるほど土光氏の意向が強く反映されている。土光氏は臨調会長を引き受けるにあたり鈴木総理との間に4つの約束を交わしている。総理が方針を必ず実行すること、増税なき財政再建を実現することなど行政改革の断行を総理に強く迫る内容になっている。
岡山で農家の次男として生まれた土光氏。旧制中学の入学試験に3度失敗、東京高等工業の受験でも1度失敗している。当時、学内では大学での昇格運動が起きていていつの間にか昇格運動の中心になっていた。大正9年、佃島にあった石川島造船所に入社。25年、ついに石川島重工業の社長に上り詰める。昭和35年、土光氏は石川島重工業と播磨造船の合併を決断。後に会社を世界一の造船会社にするなど高度経済成長の道を切り拓くものでもあった。
昭和40年、不況に喘いでいた東芝を再建するため土光氏は社長として単身で乗り込む。土光氏は経営者として会社再建に徹底した合理主義を貫くと同時にここでも猛烈ぶりを発揮。昭和49年、経団連第4代会長の座につき6年間財界総理としての役割を担った。
5月末、部会報告では新たに総合管理庁をつくる構想が提出されていた。臨調調査会ではこの問題をめぐり激しい応酬が続いた。基本答申が近づくにつれ閣僚などからも反対の声が厳しくなった。基本答申を前に、臨調が強く抑制を求めていた生産者米価について政府自民党は基本米価1.1%引き上げを決めた。
土光氏の信念は母・登美さんの性格を強く受け継いでいる。登美さんは太平洋戦争の最中の昭和17年、たった一人で女学校を設立した。亡くなるわずか3年前だった。土光氏は今、この学校の校長も務めていて年収のほとんどをこの学校の運営につぎ込んでいる。土光氏の生まれ育った家は今、日蓮宗の道場になっている。岡山では毎月1日、小さな催しが行われる。岡山一帯は昔から日蓮宗の信仰が盛んな土地柄である。
冷房もなく暖房もほとんど使わない老夫婦2人だけの1か月の生活費は10万円に満たないという。行政改革の最大の課題は増税なき財政再建の基本方針が貫けるかどうかにかかっている。予算編成を前に渡辺大蔵大臣の申し入れで土光氏との会談が行われた。土光臨調の進める増税なき財政再建の真意を質すことが大蔵省側に狙いであった。大蔵省は今年度も大幅な赤字国債の増発が避けられないとしている。そして来年度の増税についても密かに検討を始めている。
土光家の食卓には質実な風景がそのまま残されている。土光氏は「日本の国を将来正しい安定した国にしなければならないっていう責任はある」などと話した。
住所: 東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング
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