中山が9年ぶりに松島輝空を取材。当時、松島は小学生で卓球家族として番組で取材をしていた。その9年後、松島は世界一となり、中山は大きくなった体つきに驚いた様子だった。話を聞くと、中学時代に卓球をやめようと思ったことが何度かあったといい、パリ五輪に出られなかった時もやめることを考えたという。3歳から卓球を始め、2014年から全農杯全日本卓球選手権大会を6連覇。中学生になると、世界ユース選手権で3冠を達成し世代のトップを走り続けてきた。パリ五輪での挫折を機に松島は次のロサンゼルスオリンピックへの思いを強くした。ゲン担ぎもしているといい、調子がいい時は服の色を変えないという。武器は多彩なサーブ。さまざまな回転をかけることができ、相手を見極める判断力も強さの秘訣。さらに、パリ五輪以降はウエイトトレーニングで肉体を強化した。取材した9年前、卓球ノートを書いており、父親とやり取りをしていたという。そんな松島は、オリンピックは別の世界だと語り、どの大会よりも大事だと位置づけている。そして今はロサンゼルスオリンピックを目指している。
