柚木ディレクターは2度目の緊急事態宣言がでたことで、新宿で3軒のマージャン店を営む母を訪ねた。すると客の姿はなかった。40年に及び営んできたが、新型コロナにより1店舗を閉め、従業員9人を解雇した。
2017年3月。柚木ディレクターが取材を始めたきっかけは、母が「街が変わってしまった」と嘆くようになったこと。この頃五輪・パラリンピックを景気に、東京のあちこちで再開発が進み、歌舞伎町の一角もそのひとつだった。2021年、街の景色は一変。母がどう生きてきたのか、ラストショーキョーを取材し続けた。
2020年6月30日。マージャン店では従業員がPCR検査を受けた。この頃、新宿の夜の街が感染源になっているといわれていた。夜、母が5月に閉めたた店を通りかかったが、ネオンが消えた店は多い。7月31日日東京都の感染者は500人に増え、お客さんが来なければ1日15万円の赤字がかさむ。
柚木ディレクターは母が焼け野原と呼ぶこの街で、前を向く人を取材した。以前取材したショーレストランは4か月以上休業。路上で上京したばかりのフレアバーテンダーの男性に会った。オリンピックの時期に世界中の人にパフォーマンスをみせたいという。
8月母は感染対策を強化。夜の新宿が嫌煙されて依頼、客足は戻らず、8月の赤字は200万円に及んでいた。9月、母はチラシを持ってきた餃子店に向かい、なぜあえてこの時期にオープンしたのかを聞いた。オーナーの小林さんは6つの店を切り盛りし、従業員は40人以上。八ヶ岳に家を買うのが夢だという。
母は複雑な環境で育ち、鬱屈した想いをぶつけた学生運動で新宿と出会った。どんな人でも受け入れてくれると感じたという。女と家を出た父親に母は自分の力を認めさせたいと、7000万円の借金をして27歳で麻雀店をオープンさせた。
フレアバーテンダーを訪ねた。お店の売りは2人のショー。SASUKEさんは元ホテルマンで一念発起で転職したが、半年後にコロナがやってきた。HAOさんはスポーツ推薦で大学に入学したが、教師になることを求めた親と25歳まで好きなことをやると約束した。
10月、東京都の感染者は100人を下回った。麻雀店は少しずつお客さんは戻ってきている。11月長年の常連客がやってきた。母は自信を取り戻し始めているようだった。定年退職後、町内会活動に力を入れる父は、活動が戻りつつあり張り切っていた。
餃子店の小林さんは新店舗に出向いており、新店長が店を任されていた。店では客足が増えつつあるが、黒字化は難しいというが小林さんたちは前を向いていた。11月、母のもとに税理士が決算書をもってきた。赤字は2800万円に及んでいた。12月、小林さんの新店舗を訪問した。新型コロナの患者は増えていたが、それでも走り続けるという。第3波は迫っていたが、新宿にネオンを灯す人たちには強さがあった。
12月27日。新型コロナウイルスの変異株が日本でもみつかったというニュースに、母も堪えている様子。12月30日、餃子店年内最後の営業日。フレアバーテンダーの2人も仕事納めだった。大みそか、東京都の感染者数は1300人超え。2度目の緊急事態宣言が出され、母は店を続けられないと嘆いていた。時短営業でもらえる協力金は母の店も対象になるという。フレアバーテンダーの2人は大会に貯めに練習に励んでいた。
2017年3月。柚木ディレクターが取材を始めたきっかけは、母が「街が変わってしまった」と嘆くようになったこと。この頃五輪・パラリンピックを景気に、東京のあちこちで再開発が進み、歌舞伎町の一角もそのひとつだった。2021年、街の景色は一変。母がどう生きてきたのか、ラストショーキョーを取材し続けた。
2020年6月30日。マージャン店では従業員がPCR検査を受けた。この頃、新宿の夜の街が感染源になっているといわれていた。夜、母が5月に閉めたた店を通りかかったが、ネオンが消えた店は多い。7月31日日東京都の感染者は500人に増え、お客さんが来なければ1日15万円の赤字がかさむ。
柚木ディレクターは母が焼け野原と呼ぶこの街で、前を向く人を取材した。以前取材したショーレストランは4か月以上休業。路上で上京したばかりのフレアバーテンダーの男性に会った。オリンピックの時期に世界中の人にパフォーマンスをみせたいという。
8月母は感染対策を強化。夜の新宿が嫌煙されて依頼、客足は戻らず、8月の赤字は200万円に及んでいた。9月、母はチラシを持ってきた餃子店に向かい、なぜあえてこの時期にオープンしたのかを聞いた。オーナーの小林さんは6つの店を切り盛りし、従業員は40人以上。八ヶ岳に家を買うのが夢だという。
母は複雑な環境で育ち、鬱屈した想いをぶつけた学生運動で新宿と出会った。どんな人でも受け入れてくれると感じたという。女と家を出た父親に母は自分の力を認めさせたいと、7000万円の借金をして27歳で麻雀店をオープンさせた。
フレアバーテンダーを訪ねた。お店の売りは2人のショー。SASUKEさんは元ホテルマンで一念発起で転職したが、半年後にコロナがやってきた。HAOさんはスポーツ推薦で大学に入学したが、教師になることを求めた親と25歳まで好きなことをやると約束した。
10月、東京都の感染者は100人を下回った。麻雀店は少しずつお客さんは戻ってきている。11月長年の常連客がやってきた。母は自信を取り戻し始めているようだった。定年退職後、町内会活動に力を入れる父は、活動が戻りつつあり張り切っていた。
餃子店の小林さんは新店舗に出向いており、新店長が店を任されていた。店では客足が増えつつあるが、黒字化は難しいというが小林さんたちは前を向いていた。11月、母のもとに税理士が決算書をもってきた。赤字は2800万円に及んでいた。12月、小林さんの新店舗を訪問した。新型コロナの患者は増えていたが、それでも走り続けるという。第3波は迫っていたが、新宿にネオンを灯す人たちには強さがあった。
12月27日。新型コロナウイルスの変異株が日本でもみつかったというニュースに、母も堪えている様子。12月30日、餃子店年内最後の営業日。フレアバーテンダーの2人も仕事納めだった。大みそか、東京都の感染者数は1300人超え。2度目の緊急事態宣言が出され、母は店を続けられないと嘆いていた。時短営業でもらえる協力金は母の店も対象になるという。フレアバーテンダーの2人は大会に貯めに練習に励んでいた。
