末法が始まる約70年前、貴族たちに読まれたのが「往生要集」。人々がどうすれば往生できるかハウツーが記され、冒頭部分では地獄の様子が事細かに描写されている。作者の源信は若くして出家し、比叡山で修行に打ち込んだ。仏教講義で多くの褒美を貰い受けると、故郷の母親に送り届けた。だが、母の願いは出世して著名な僧侶になってもらうことではなかった。源信は仏典を渉猟し、修行によって仏を眼前に見る「観想」を重視した。観想を手助けするイメージトレーニングとして、あらゆる仏典から正しい仏の姿形を抽出し、解説をつけた。宗教学者の釈徹宗氏は「地獄の描写を丁寧に書いたことも浄土に生まれたいという思いへ導くためだった」と話す。往生要集では仏、極楽の姿のほうが地獄の描写よりも精緻だという。
