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「激流の魚 壷井繁治自伝」 のテレビ露出情報

東京・中野区の旧豊多摩刑務所は、大正末期から昭和20年の終戦まで多くの思想犯が送り込まれた。小説「二十四の瞳」作者の壷井栄の夫・壷井繁治も収容されていた。繁治が獄中から妻に書いた手紙と、栄が繁治に出した手紙200以上が残されている。栄は病弱の身をおして働き、娘を育てた。思想犯は刑務所を出てからも徹底的にマークされた。小林多喜二は転向を拒んだまま釈放後、当時非合法だった日本共産党に入党。特高に再び捕まり尋問を受け、ステッキでめった打ちにされたのち死亡した。多喜二の死後、共産党幹部たちが次々と転向を表明。繁治は共産主義運動から一切手を引く条件の下、釈放となった。繁治は転向というより人間的敗北であったと語っている。治安維持法違反容疑の逮捕者は数十万、拷問や虐待で亡くなった人は約200、刑務所の中で亡くなった人は1500以上。

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