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「熊田亨」 のテレビ露出情報

取材班はルクソールへ。ルクソールの街のあちこちがユネスコ世界遺産に登録されている。ツタンカーメンの王墓へ。遺跡の中を進んでいくと、王家の谷にたどり着いた。王家の谷は、ピラミッドの財宝が盗まれるため、谷の中に王家のお墓を隠す目的でできた場所だといわれている。今回は特別な撮影許可を得て中に入れてもらった。入場料は約2200円ほどで、一般公開中のお墓に3ヶ所まで入場できるのだそう。ツタンカーメンの王墓は特別料金で、入場料とは別に約2100円かかる。ここからカートに乗り換えて、ツタンカーメンの墓を目指す。移動すること5分で、王家の谷の入口に到着した。正面に約420mの岩山がある。これは自然のピラミッドだという。エジプトで発見されているピラミッドは約100基で、王家の谷でも現在65個のお墓が発見されている。入口が綿密に隠されているので、お墓を造る際に偶然王墓が発見されたこともあったのだそう。ツタンカーメンのお墓に案内してもらった。ツタンカーメンのお墓は62番目のお墓になっている。約1922年に62番目に発見されたとのこと。約100年前のツタンカーメンのお墓発見ストーリー。ハワード・カーターがツタンカーメンの王墓を発見した。画家の息子としてロンドンで生まれたハワード・カーターは、17歳で発掘調査に同行し、独学で考古学者になったという。彼の夢は、ツタンカーメンの王墓を見つけることだった。当時、ツタンカーメンは考古学者にとって謎の存在だった。実は、エジプト歴代の王の名前が刻まれた王名表に名前がなく、実在自体が定かではなかった。19世紀初頭、ヨーロッパはエジプトに熱い視線を注いでいた。資産家がスポンサーとなり発掘していた。カーター自身もイギリスの貴族の援助を取り付けてお墓を探すが、8年間全く見つからず、スポンサーから資金援助の打ち切りの手紙が届いた。ふと測量図のある場所に目が留まったという。それは、王家の谷のラムセス6世の墓の直ぐ側だった。作業小屋の遺跡があり、王の墓の上に作業小屋はないと誰も注目指定いない場所だった。カーターは発掘の継続を懇願し、最後のチャンスをもらう。そして、1922年11月4日王墓に続く階段を発見した。そして、カーターは封印された扉に文字を発見する。これが歴史上初の未盗掘の王墓の発見。墓の中からは盗難を逃れた5000点以上の副葬品が見つかった。我々の目的は秘密の部屋、いよいよ内部へ潜入。わずか16段、約7mの急な階段を降りるとツタンカーメンのミイラが眠っていた埋葬室があった。5000点を超えるお宝は王様のそばの部屋に置かれていた。石棺は、ツタンカーメンを厳重に守る八重構造。まず、厨子が四重、その中に石棺。さらに、マトリョーシカのように3つの棺に覆われ、最後に現れたのは人類史上最高の財宝こそがツタンカーメンの黄金のマスク。黄金のマスクをとると、ツタンカーメンのミイラがあったとのこと。ツタンカーメンのミイラは、見学が可能だという。

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